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バイブルエッセイ

2018.12

「闇の中に現れる光」

201812「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。 」(ヨハネによる福音書1・4〜5、14)「

日本福音ルーテル教会の降誕祭の聖書日課(福音書)は、毎年、ヨハネによる福音書の1章1〜14節です。光と暗闇の対比が印象的なこのロゴス讃歌ですが、クリスマスでは、ここに「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」(9節)とあることから、まことの光が世にやって来たという出来事(降誕物語)の方に焦点があるように思います。しかし思うのですが、ここには「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(5節)ともあるわけで、「暗闇」にピントを合わせてみることも、クリスマスの季節には必要なことなのではないでしょうか。

 さて、ジャン・バニエは、『コミュニティー』(一麦出版社)の中で、「人は、光と闇の混合体(です)」と言っているのですが、そうであるならば、自分の内にある暗闇を見つめることからはじめてみよう、と思います。「自分の内にある暗闇」と聞いて思い出す詩があります。それは、岩田宏さんの「住所とギョウザ 」という詩です。この詩を初めて読んだのは、ずいぶん昔のことで、たしか、茨木のりこさんの『詩のこころを読む』(岩波ジュニア新書)に収められていたものでした。その本が見つからないので、平川克美著『言葉が鍛えられる場所』(大和書房)から引用させてもらいます。

《大森区馬込町東四ノ三○
大森区馬込町東四ノ三○
二度でも三度でも
腕章はめたおとなに答えた
迷子のおれ ちっちゃなつぶ
夕日が消える少し前に 
坂の下からななめに 
リイ君がのぼってきた 
おれは上から降りていった
ほそい目で はずかしそうに笑うから 
おれはリイ君が好きだった
リイ君おれが好きだったか
夕日が消えたたそがれのなかで
おれたちは風や紙風船や 
雪のふらない南洋のはなしした
そしたらみんなが走ってきて
綿あめのように集まって 
飛行機みたいにみんなが叫んだ
くさい くさい 朝鮮 くさい
おれすぐリイ君から離れて
口ぱくぱくさせて叫ぶふりした
くさい くさい 朝鮮 くさい

今それを思い出すたびに 
おれは一皿五十円の
よなかのギョウザ屋に駆けこんで 
なるたけいっぱいニンニク詰めてもらって 
たべちまうんだ 
二皿でも三皿でも 
二皿でも三皿でも!》。

 平川さんは、この詩を紹介した後、次のように言われます。「この詩が描き出した世界は、わたしが小学生のときの体験そのままであり、わたしもまた「くさい 朝鮮 くさい」と叫ぶふりをしていた子どもだったことをありありと思い出させてくれるのです。そして、今でも、この詩を読むと、なんだか泣きたい気持ちになります。その泣きたい気持ちは、ほとんど言葉にすることができません」。 私は、この詩が描いている時代を体験したわけではありません。しかし、この詩が描いている「おれ」の心の動きを、自分のことのように感じることができます。そしてそのあたりに、自分自身の内にある暗闇を見つけ、平川さんと同じように「なんだか泣きたい気持ち」になってしまうのです。

 ところで、田川健三さんは、ヨハネによる福音書1章5節を次のように訳されています。「そして光は闇の中に現れる。そして闇はそれをとらえなかった」(『新約聖書 訳と註5 ヨハネ福音書』作品社)。

 自分の内にある暗闇を見つけ「なんだか泣きたい気持ち」になっている私としては、この気持ちをすっきりさせて欲しいと思ったりするわけですが、聖書は、闇は光をとらえることができない(「なんだか泣きたい気持ち」はなくならない)と記します。 私たちは、できることなら、「なんだか泣きたい気持ち」を抱いたまま生きたくはありません。けれども、私たちの社会において、光をとらえたと自称する人たちが排外主義的な言葉を発していることを、私たちは心に留めなければいけないのではないでしょうか。

 「光は闇の中に現れる」のです。「なんだか泣きたい気持ち」を抱える〈わたし〉と「なんだか泣きたい気持ち」を抱える〈あなた〉の間に、み子イエスの光は灯るのです。

日本福音ルーテル門司教会、八幡教会牧師 岩切雄太

 

 

2018.11

「イエス様が共にある十字架を背負って」

201811「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、
わたしに従いなさい。」         (マルコによる福音書8章34節)「イエス様が共にある十字架を背負って」

 車の運転を始めた頃、父に「牽引ロープとバッテリーケーブルを常に携行するように」と言われました。助けてもらうだけでなく、助ける側になることもあるから、心構えと準備をとの親心だったのでしょう。実際、北海道の冬場、雪に埋まった車の救助を何度もし、自分も助けられました。父の言葉に従って良かったと思い、準備の大切さを実感したものです。
 7月の豪雨の後、岡山県内の倉敷真備地区に災害支援ボランティアとして何度か参加しました。河川の氾濫で4500戸以上が浸水し、5メートル(2階の窓付近)まで水が来た地区です。岡山のキリスト教会の群れや聖公会のチームに加えていただき、日本各地また海外からのメンバーとも共に働きをしました。炎天下、重たい泥を家からかき出したり、大きな荷物を搬出したり、思い出の品を綺麗にしたり。水に浸かってしまったものは臭いとの戦いでもありました。時には何週間も溜まっていた水を被ったこともありました。まさに泥と塵を被ることが奉仕であると実体験する時でした。
 また一ヶ月ほど経ってからは作業だけでなく、その時のお話を聴くことが寄り添う大切な時にもなりました。働く者一人一人が言葉でなく、その姿を通して、キリストを証しする生き方がありました。隣人として立たせていただく時でありながら、重たいものを背負う、大変な作業が続く中で頭の中に「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と何度も浮かんできました。

 十字架とひと言で言っても意味や表現のされ方は様々です。感謝すべきことに礼拝堂の十字架が特徴的な教会で働きを担い、思い出深いものがいくつかあります。釧路教会は真っ黒い十字架で、人の罪を象徴する十字架。帯広教会は重厚な木で掘られた手が見える十字架で、それは罪の赦しを与えるイエス様の愛を示す十字架。広島教会の十字架は柔らかい曲線の十字架で、キリストの愛と恵みを無言のうちに表現する十字架。そして、岡山教会の十字架は陽の入る時間によって影が変わる十字架で、常に変わる弱さを持つ人を思わせ、その変わる心ゆえにイエス様の十字架が必要と教える十字架。十字架そのものが多様な意味を持つものですから、イエス様が言われる「自分の十字架」にもいくつもの意味があるのです。

 「自分の十字架」はもう一歩踏み込みます。十字架は元来、罪人の処刑に用いられるものですから、罪の象徴、弱さの象徴、重さや困難さと言えます。わたしが今抱えているもの、現実そのもの、時として過去や未来が一つの自分の十字架です。しかし、私たちが背負うのは決してただ重たいだけのもの、背負うことを拒否したくなる十字架ではありません。なぜならば「空の十字架」ではないからです。キリスト者は常に「イエス様が共にある十字架」を背負って歩んでいきます。イエス様が共にある十字架は「愛の十字架」に他なりません。イエス様がなさった働きに倣う、倣おうと志す私たちは愛の十字架、キリストその方を背負うよう呼びかけられています。使命はそこに喜びがなければ背負うことはできません。ボランティアとしての働きは楽なものではありませんでした。それでもキリストの愛を届ける働き、使命、イエス様が共にあると信じ、仕え合う中にある喜び、互いに愛しあう中に感謝があったから愛の十字架を背負えたのだと振り返っています。

 大きな災害を目の当たりにし、準備をしていてもそれを用いることができない事態があることも教えられました。けれども、心だけはいつも準備しておくことができます。その時にどうするかを考えることではなく、何があっても主は共におられると心に留めることが心の準備です。
 イエス様が共にある十字架、愛の十字架を背負うことは、助ける・愛を届ける準備と共に、助けられる・愛を受け取る準備です。互いに愛しあうことを教えてくださった方に従う喜びの道を、イエス様が共にある十字架を背負って歩んでまいりましょう。
日本福音ルーテル岡山教会、松江教会、高松教会、福山教会    牧師 加納寛之

 

 

2018.10

「宗教改革501年 福音の表現者に」

201810 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」(ヨハネによる福音書2・13〜16)

 

 宗教改革500年の時にあなたは何をしただろうか?教会で色々と勉強会や催しをしたであろう。そこでもう一つ質問をしたい。その機会を通してキリストの福音は教会の外に拡がったであろうか?

 そのような問いと共に私はここ数年、福音を携え教会の外へ外へと向かうようにしてきた。 
 その中で昨年とあるバーにて異業種間の交流会が行われ出向いた。コンサルタントをしているビジネスマンが「牧師さん!聖書の話をひとつ説法してくださいよ!」と言うので、私はヨハネ福音書8章を朗読した。律法学者たちが姦淫の罪を犯した女性を捕らえ、石打ちの刑に処すか否かの問いに主イエスが「罪が無いものからこの女に石を投げよ」と答える有名な物語である。

 朗読を終え、メッセージの冒頭に「皆さん、今読んだ聖書の物語は理解できましたか?」と尋ねると、「意味が分からなかった 」とほぼ全員が答えた。この物語は比較的、物語として分かりやすく、その意味合いも深く、そして伝わりやすいと考えていたのは私の勝手な思い込みだった。

 これは象徴的な出来事であったと思う。そしてこれは聖書の翻訳云々の問題ではなく、聖書とそこに書かれている物語、そしてそれを語る者が外の世界に全く晒されていないからだと私は直感した。
 時は違えど、ルターが見、衝撃を受けた光景。当時大変貴重であった聖書が、大学の図書室に鎖で固定されていたというその衝撃を私も受けた。人々に救いと自由を与えるべき聖書の言葉は、狭いキリスト教界の中で、鎖で締め付けられているのだ。読み上げて相手に届かない聖書の物語に対し、私が更に難解な専門用語で解説しても、残念ながらそれは他者の魂には届かない。その現実をバーにて肌で感じた。それなりに他者に伝わる言葉や行動を選んでいたつもりであったが、私は知らず知らずのうちに教会を小さな村社会、そして分かる人にだけ分かるというようにタコ壺化させていたように感じた。
 
そして福音の評論家よりも福音の表現者でありたいと強く願った。主イエスもルターもまず神の言葉の表現者であった。ヨハネ福音書のイエスはその布教活動の冒頭から神殿の中で大暴れをしてしまう。生贄の販売や両替も祭儀に必要な事であった。だが主イエスは過ぎ越しの祭りという解放と自由を祝う奇跡の祭りが近づく中、形骸化した宗教をひっくり返さずにはいられなかったのであろう。反感を買っただけでは済まされず命を狙われ、そして弟子たちからも理解されなかった。それでも真の自由を人々に届ける為にそうせざるを得なかったのだろう。「誰にも理解されない。けれどもやらずにはいられない」これこそ福音の表現であり、アートであり、そしてキリストによる宗教改革であったのではないだろうか。

 私もこのキリストに出会い、そしてこんなキリストに救われた一人であった。そしてこのキリストに貰った自由を人々に届けたいと願っていた。だが気が付けば当たり障りのない言葉で無難に福音を語り、できるだけ批判されずに教会を発展させるという調子のよいスタンスで働いて来た気がするのだ。大胆に福音を語り、そして教会の外に出かけて行く時、それは批判の対象になるだろう。けれどもそれが福音であれば、改革を止める事はできない。キリスト教の専門用語だらけの説教や祈り、日曜日10時半に行われる礼拝、これまでのフォルムで福音を届ける限界はとうの昔に来てしまっていたのではないか。教会の中に鎖で縛られた聖書、信者の心の中に閉じ込められた福音、それを解放するのはいつだろうか。

 宗教改革501年の時に生きる私たちは福音の為に何をしているだろうか。そしてそれは私たちの社会にどんな意味を与えているだろうか。宗教改革の教会に生きる私たちは福音の表現者であり、アーティストだ。その表現はひとつであり得ない。何をも恐れずキリストの福音を表現し、世界に発していきたいのだ。


日本福音ルーテル東京教会 牧師 関野和寛

 

2018.09

「どこにいるのか」

201809また、 イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる」    (マルコによる福音書4・26〜28)

私は幼い頃、父親と教会に通っていました。その後、私たちは教会を離れ、キリスト教とのつながりは途切れます。地質学が好きな父は、私を山登りにも連れていってくれたのですが、趣味を無理強いすることはありませんでした。最近になって私も「地」や「土」に関心を持つようになりました。
 「土」といえば、土と人の間には密接な関わりがあると創世記に書かれています。土から人は造られ、神が地に命じると草木が生えました。神のようになろうとして善悪の知識の木の実を人は食べますが、自分が裸であることを知り、いちじくの葉で腰を覆います。隠れるアダムに神は「どこにいるのか」と呼びかけるものの、アダムもエバも責任転嫁をしてしまいます。人が罪を犯すと土が呪われ、作物が実らなくなります。その後、土地(居場所)を求めてイスラエルの民はさまよい、そこに神が同伴されます(創世記から申命記)

 私自身の話 になりますが、20歳の頃、「理想の自分」と「実際の自分」の差に耐えられなくなったことがあります。「大切なもの(私にとっては家族)を守るためには強くならなければならない」と自らを駆り立てたものの、思うように強くはなれないことへの幻滅と、大切なものを守れない罪悪感がありました。誰かに相談したり、自分をありのままに受け入れたりすることができれば楽だったのですが、取り繕うことを続け、閉塞感に押しつぶされそうになりました。そんなとき、三浦綾子さんの『塩狩峠』を読み、引用されていた「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死ねば、多くの果を結ぶべし」(ヨハネ伝12・24)に心が揺さぶられました。
 「一粒の麦」は本来キリストを指しますが、「私自身」のことだと解釈し、キリストを信じる者には死を越えた先にも希望があると感じました。また、キリスト教について知るうちに「立派だから救われるのではなく、ありのままの私が神にゆるされ、受け入れられている」と感じました。そして、キリストに賭けてみようと思いました。教会に行かなければキリスト教は分からないと三浦綾子さんがおっしゃっていたので、以前とは別の教会に行ってみました。そこで居場所ができ 、洗礼を受け、満たされた気持ちになりました。
 ところが「キリスト教に求めるものが居場所だけでいいのか」という不安が湧いてきました。居場所さえあれば危険な宗教団体でも良かったのではないか、たまたま先にキリスト教と出会ったから良かったものの、順序が逆ならその宗教団体に入っていたのでは、と思ったのです。「キリスト教の信仰内容より、居場所の有無を私は重視しているのでは」という疑問です。
 そのとき、冒頭の聖句に出会いました。土に種を蒔くのは人ですが、成長させてくださるのは神です。人の努力は、成長の促進も妨害もできない。土が人の手を離れて「ひとりでに」実を結ばせるからです。この成長が、神の国にたとえられています。神の国は「神が支配しておられるところ」であり「キリストのゆるしと愛が支配するところ」なのです。ゆるしと愛は、私の努力によって獲得するのではなく、神が恵みとして与えてくださる。「どこにいるのか」と問われれば「私は、キリストのゆるしと愛が支配しているところにいる」と答えることができます。
 キリストがゆるしてくださっていても、私たちの確信はたびたび揺らぎます。私たちは、良くも悪くもアダムと似ており、神のようになって物事をコントロールしようとし、ゆるしと愛から離れようとしてしまいます。しかしその私たちを、父なる神は「どこにいるのか」と探し求め続けてくださいます。愛のゆえに、御子イエス・キリストを十字架につけて死なせ、私たちの内にイエスが生きるようになりました。御子イエスが父なる神に愛されているように、私たちはゆるしと愛を受け継ぐ神の子なのです。私たちのこの希望は、イエス・キリストです。
日本福音ルーテル小鹿教会、清水教会 牧師 秋久 潤

2018.08

「小さな平和」

201808主は多くの民の争いを裁き/はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。           (ミカ書4章3節)
 

 前任地の新霊山教会では、デンマーク牧場福祉会のチャプレンとしての働きも与えられていました。施設の一つである特別養護老人ホーム「ディアコニア」では毎朝、礼拝が行われています。デンマーク牧場のある地域は、茶畑と緑の丘に囲まれた自然豊かなところで、お茶の収穫の時期には、地域の人々はお茶を収穫する道具を抱えて大忙しです。また、お茶を収穫する車両が畑を往復するのが日常の風景となっています。車の運転中には窓を全開にして、漂うほのかなお茶の香りを楽しみました。「ディアコニア」の礼拝を行う部屋からの風景には牧場があり、たくさんの風車が回る緑のお茶畑が広がっていました。武器を農具に持ち替え、土を愛する平和な世界そのものであり、またミカ書の示す先の理想の世界のようにも感じました。
 
 去年の今頃、冒頭の聖句を用いて「ディアコニア」での礼拝に与りました。青い空が広がる外の風景を譬えに話をしました。礼拝の後、入居されているある女性が思い出話をしてくださいました。それはその方の弟さんは無線技士の学校に通っていたそうですが、戦地に赴いたというお話でした。女性のお母様が「戦争に行かないでくれ」と弟さんを必死に止めたにも関わらず、彼は「同級生皆が志願しているのに自分だけ行かないわけにはいかないんだ!」と泣いて押し切り、17歳で海軍に志願したのでした。出征の日に家族と共に駅に着いた時、彼は列車までの見送りは断ったそうです。そして、仕立てたばかりの軍服に身を包んだ彼は改札口で満面の笑顔で敬礼をして、プラットホームへ消えて行ったのでした。 2年後、彼はボルネオ島付近の海域で深夜に攻撃を受け戦死しました。引き揚げて来た戦友の話では、彼は通信兵として最後まで司令部への打電をし続け、退艦することなく暗い海に沈んでいったそうです。
 
 戦死の連絡に家族皆で一晩中泣いたこと、辛い気持ちを押し殺しながら戦中戦後を生きたこと、家族と畑を耕し懸命に働いたこと、神様との関わりといえば祭りを手伝うくらいだったことなどをお話しくださいました。そして「今、静かな生活の中で神様のお話を聴いて、お祈りできることが本当に幸せです」とも。
 辛い経験に始まり、そして今、生かされて神様のみ言葉に触れていることを「幸せ」だとおっしゃったのでした。私は、戦争はこの地上に残された人々に深い悲しみしか残さないことを痛感しつつ、同時に神様のみ言葉が彼女に小さな平和を与えているのではないかと感じました。

 ミカ書を通して語りかけられていることは、神様は私たち一人ひとりを愛しておられるからこそ、互いに愛し合うことを望まれたということです。神様は憎しみと悲しみの道具となる武器を捨て、地を耕し、神様から糧を与えられて共に生きていくことを望まれたのです。それは、私たち人間が互いに愛し合うことを忘れて争うならば、どのような悲劇が起こるのかを神様は誰よりもご存じだからです。
 「もう二度と、少年が、未来ある若者が、悲しみを押し殺して笑顔で出征することがないように」、「もう二度と、国と国との争いに、愛する子どもたちが巻き込まれ、暗く冷たい海で命を落とすことがないように」、そのような神様ご自身の強い祈りが込められたものだと思います。

 み言葉を宣べ伝え、神を愛し、隣人を愛していくこと。そして戦争のない世界を願い求め、「土」を愛していくことも、これからの宣教のあり方だと思うのです。

 去年のカトリック教会との宗教改革500年共同記念では、平和を祈り、その象徴としてカンナの球根を分かち合いました。津田沼教会でも元気に育っていますが、そのような小さな形でも、土を愛し、平和を祈るリレーを続けていくことが大切なのではないでしょうか。同時に、一人ひとりが心の内に、神様から幸せという名の小さな平和を味わうために、神様のみ言葉を宣べ伝え続けていくことが大切なのではないでしょうか。紛争の絶えないこの世界において、多様な小さな平和の積み重ねが、やがて本当の平和となることを祈りつつ

日本福音ルーテル津田沼教会 牧師 渡辺髙

2018.07

「隣人として生きる」

て、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」(ルカによる福音書 10・36〜37)

よきサマリア人「善きサマリア人」の譬えは、ルーテル学院大学新入生必修である「キリスト教概論」で必ず取り上げます。聖書を読んだこともない学生も多くいますから、この聖書個所からミッションスクールである本学の使命を学び、対人援助を行うための専門的な学びの土台としてもらっているのです。
 この譬えは「何をしたら永遠の命を受け継ぐことができるか」というある律法の専門家の質問から始まります。その問いにイエスは「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と問い直されます。律法の専門家は、申命記、レビ記にもあるように「主を愛すること」「隣人を愛すること」と満点の回答をしますが、悲しいことに彼はイエスの2つの問いのうち、「どう読んでいるか」ということには答えられていないのです。そこでイエスは「善きサマリア人」の譬えを語り出します。

 主な登場人物は、祭司とレビ人、そしてサマリア人です。祭司とレビ人は、どちらも宗教的儀礼、祭儀を行う責任を神から与えられた人たちです。神を礼拝するユダヤの人々に対しては指導的な立場にあったと言えるでしょう。 これに対してサマリア人は、ユダヤ人と同じイスラエルの民でありながら長い歴史の中で分裂が起こり、この時は険悪な関係にありました。

 譬え話は、ある旅人が追いはぎに襲われ、半殺しにされ、倒れている場面から始まります。「エルサレムからエリコに向かう途中で」との前置きがあるので、この旅人とはユダヤ人を表します。倒れている旅人のそばを、最初に祭司、続いてレビ人が通りかかりますが、これらの人々は「その人を見ると道の向こう側を通って行く」のです。彼らは急いでいたのかもしれない、また倒れている様子に恐れをなしたのかもしれない。さらに、律法では血や傷は汚れたものとされているゆえに、律法を重んじるあまり、関わりを持とうとしなかったとも言えます。つまり、律法を知っているが行えない、律法に縛られた人々をイエスはこの譬えで浮き彫りにしたのかもしれません。その後で、傷ついて動けない旅人のそばを通ったのがサマリア人でした。彼はその人を憐れに思い、近づいて応急処置をし、ろばに乗せ宿屋へと連れていき、泊りがけで介抱します。
 このようにイエスは譬えを語られ、律法の専門家に言われるのです。「行って、あなたも同じようにしなさい」。この言葉こそ「あなたは律法をどう読んでいるか」ということであり、「あなたが隣人になりなさい」というイエスの教えです。

 私は授業でこのように話した後、学生たちに尋ねます。「ところでサマリア人が倒れているユダヤ人と出会ったのは、行きだった?それとも帰りだった?」と。答えはすぐには出てきませんが、やがて学生たちは「費用がもっとかかったら、帰りがけに払います」というサマリア人の言葉を見つけます。つまり、このサマリア人はどこかに出かける時に倒れているユダヤ人と出会ったのです。出かける時とは、仕事にしろ誰かに会いに行くにしろ、自分に与えられているはずの時間であり、余った時間ではありません。サマリア人は自分の時間を捧げたのであり、主イエスはそのことこそ「隣人になることである」と教えているのです。

 キリスト者として105歳の生涯を全うされ、聖路加国際病院の名誉院長であった日野原重明先生はその著書『十歳のきみへl九十五歳のわたしから』で、読者である子どもたちに次のように語ります。
「できることなら、寿命というわたしにあたえられた時間を、自分のためだけにつかうのではなく、すこしでもほかの人のためにつかう人間になれるようにと、わたしは努力しています。なぜなら、ほかの人のために時間をつかえたとき、時間はいちばん生きてくるからです。」
 私たちもそのように告白するものになりたい。与えられたこの生涯は限られたものですが、その生涯を「隣人となって生きる」ことに精いっぱい捧げて生きていきたいのです。

ルーテル学院大学・日本ルーテル神学校チャプレン 河田 優

 

 

2018.06

「立ち止まり、共に歩み出す」

201806 イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。(マルコによる福音書2章13〜17節

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

 与えられた御言葉には、主イエスが徴税人レビを弟子として招かれた場面が記されています。
 主イエスの時代、ローマ帝国は、イタリア半島からパレスチナに至るまで支配圏を伸ばしていました。各地の権力者に統治を任せ、ある程度の自由と引き替えに上納金を課し、ローマ帝国からは監督者を配置するにとどめることで広範囲の掌握を実現していたようです。パレスチナ周辺の管理は、ヘロデ大王の3人の息子たちに任されました。そして、上納金の回収への怒りがローマに向かないように、ユダヤ人の中から徴税人が雇われたのです。

 ルカ福音書に「ザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった」(ルカ19・2)とあるように、徴税人の中にも序列があったようです。定められた金額以上を集めれば、余剰を懐に入れることができるため、徴税人の頭は金持ちだったのでしょう。

 しかし、下っ端の回収者たちは、決して裕福ではなかったようです。決められた金額以上に回収しようものなら、民の怒りは真っ先に彼らにぶつけられ、それでも上乗せ分は頭に吸い上げられてしまう。同胞から「利子も利息も取ってはならない。」(レビ25・36)との律法に背き、異教の神を信じる外国人との交流を持つという理由で、宗教的な罪人と囁かれつつも、彼らは生きるために仕事を続けなければならなかったのです。
 レビは「収税所に座っている」(マルコ2・14)とあるように、徴税人の中でも下っ端の回収者だったと考えられます。収税を理由に人を呼び止めることはできます。しかし、しぶしぶ税金を支払った人々が世間話をするはずもなく、日常でも、徴税人のレビと深く関わろうとする村人は極めて少なかったことでしょう。生きるために働こうとも、道端の石ころのように無視され、通り過ぎられる人生とは空しいものです。

 そこに、主イエス一行がやってきたのです。群衆が後に従うほど主イエスの噂は広まっていましたから、レビ自身も興味をもって様子を窺っていたことでしょう。すると、人々の注目の的である主イエスはレビの前で立ち止まり、なんと「わたしに従いなさい」(2・14)と招かれたのだというのです。

 通り過ぎられる日々の中で、たったお独り、自らの前で立ち止まり、共に一緒に行こうと招いてくださる方と出会った。この出来事が、レビを立ち上がらせ、彼の内に全て捨てて従う想いを起こさせたのだと受け取りたいのです。
 罪人というレッテルを貼られた者と共に旅をし、同じ釜の飯を食うとは、主イエスもまた、今後の人生において罪人の一人として数えられていくということを意味します。それを御存知の上で、主イエスはレビの手を取られました。決して偶然の出来事などではなく、今後の人生を視野に入れた覚悟をもって、主イエスが彼を弟子として招かれたのだと気づかされます。このレビの召命の出来事こそ、社会の価値観とは異なり、神が彼を必要としておられること、そして、御国の宴に招かれることの証明であることを覚えたいのです。

 他の弟子たちは、主イエスの徴税人を仲間に加える決断を受け入れられずに沈黙しました。人が他者を罪人と定める時、その裏で、罪人ではない自分の評価が高められます。それは、他者よりも上に立つ「特別」こそ成功であるかのように語る競争社会の在り方と通じる理解です。

 しかし、人が人の上に立ち、下に置かれる者が押しつぶされる構造と対峙し、主イエスは十字架へと続く道を歩まれました。私たちは、通り過ぎるのではなく、立ち止まることから始められた主より学びたいのです。
 望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。アーメン

小倉教会、直方教会 牧師 永吉穂高

 

2018.05

「復活の日の再会の希望」

201805 「死んだ者にも福音が告げ知らされたのは、彼らが、人間の見方からすれば、肉において裁かれて死んだようでも、神との関係で、霊において生きるようになるためなのです。」
(ペトロの手紙一 4章6節)

 新共同訳のこの御言葉は、福音を告げ知らされずに死んだ者も皆、永遠の命に与るという誤解を招きかねない。ギリシャ語原文を見ると、死者にも福音が告げ知らされたのは二つの目的のためだとはっきり書いてある。一つは、「肉体を有する人間と同じように裁きを受けるため」という目的、もう一つは、「神と同じように霊的な者として生きるため」という目的だ。新共同訳では最初の目的が抜け落ちてしまっている。そして、「裁きを受ける」の意味をどう捉えるかが重要だ。「(有罪無罪を決める)審判を受ける」と解すれば、死者に福音が告げ知らされたのは「人間と同じように審判を受け、(無罪とされた者が)神と同じように生きるため」ということになる。

 また、「有罪判決を受ける」と解すれば、「死者のある者は人間と同じように有罪判決を受け、別の者は神と同じように生きるため」ということになる。この二つの意味を合わせてみれば、死者にも福音が告げ知らされたのは、「人間と同じように審判を受け、その結果、ある者は有罪判決を受け、別の者は霊的な者として生きるため」ということになる。

 イエス様は十字架の死から復活までの間、死者が安置されている陰府に下ってそこで福音を告げ知らせた。その結果、そこでも死と罪に対する勝利が響き渡り真理として打ち立てられることとなった。死者も審判の結果次第で永遠の命に与れるようになるために福音が告げ知らされた 。これは、生きている者の場合と全く同じである。つまり、福音の告げ知らせについても審判や判決についても、死んだ者は生きている者と同じ立場に置かれることになったのだ 。従って「この世で福音を告げ知らされずに死んだ者は全員、炎の海に投げ込まれる」と言うのも、「全員が天国に行ける」と言うのも同じくらい真理に反する 。

 ここで大きな問題が立ちはだかる。死んだ人というのはルターの言うように復活の日・最後の審判の日まで安らかな眠りについている者である。その眠っている人がどうやって福音を告げ知らされてイエス様を救い主として受け入れるか否かの態度決定ができるかということだ 。福音を告げ知らせたというのは、告げ知らせる側が相手に態度決定を期待するからそうするわけだ 。態度決定が生じないとわかっていれば、告げ知らせなどしないだろう。しかし、眠っている者がどうやって態度決定できるのか?ここから先は、全知全能の神の判断に委ねるしかない。生きている者が行う態度決定に相当する何かを神は眠っている者の中に見抜かれるのであろう 。それは人間の理解を超えることなので我々は手を口に当てるしかない。神は最後の審判の日に生きている者と死んだ者全てについて記された書物を開き、イエス様との関係がどのようなものであるか一人一人について見ていかれる 。

 キリスト信仰者も信仰者でなかった者もこの世を去ると、福音が響き渡って真理として打ち立てられたところに行って眠りにつくのであり、全てを見抜かれる神は最後の審判で最終判断を下す。果たして、信仰者でなかった方との復活の日の再会は叶うのか? しかし、そう心配する信仰者本人はどうなのか?神はこの私にはどのような判断を下されるのか? この、まさに足元が崩れそうになる瞬間こそ、キリスト信仰者の特権を思い出すべき時である 。それは、この世の生の段階でイエス様を唯一の救い主と信じて告白すれば、復活の日に新しい体と永遠の命を与えられるという希望を持って生きられる特権である 。そして、その希望の内にこの世を去ることができるという特権である。この希望は、主の十字架と復活に根拠を持つ、揺るがない希望である。

 もしあなたが復活の日に誰かと再会する希望を持つならば、この世で福音を告げ知らされてイエス様を救い主と信じた以上は、最後までその信仰に留まるしかない。再会を願ったその人が天の祝宴の席に着けて、肝心のあなたが着けなかったら、元も子もないではないか?
フィンランド・ルーテル福音協会 信徒宣教師 吉村博明

2018.04

「赦され生かされて、生きる」

201804 三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」・・・「このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。(ヨハネによる福音書21章17、19節)

 死者の復活、あってほしいと切に願いつつも、ありえないのがこの世の現実。だから、死を受け入れたくなくても、そうするほかない。すべての終わりとしての死、やり残したことがあっても、やり直したいと願っても人生に終止符が打たれる。赤字決算でも変えられない。これが誰もが経験する人間の宿命。
 しかし、ゴルゴダの丘の上で苦しみと屈辱の果てに絶命し、墓に葬られたその方を、神は「復活させられた」「高く引き上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになった」と聖書は宣言します。代々の教会は「三日目に死人のうちから復活し」と告白します。誰もが最初は信じられなかった出来事を神は起こされたのです。

 この奇想天外な告知が福音である所以は、「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられ」たから。キリストだけでなく「アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになる」からです。つまり、わたしもそうですが、復活させていただくのに値しない罪人である者も含めすべての人が、キリストの復活のゆえに、復活と新しいいのちに与らせていただくようになるというのです。死の束縛から解き放ち、これこそ福音です。

 四つの福音書は、復活は「終わりの時」に完成するけれど、すでに今このときに始まることを語っています。その証人の一人がペトロ。熱血漢で、純朴で、命懸けで主イエスに従っていたのに、あまりにもろく、弱く、無様にも三度否認して裏切り、刑場からも逃げ出すという取り返しのつかない過ちを犯したペトロ。あの三日目の夕方とその一週間後に他の弟子たちと共に復活の主にお会いしたのに、それだけでは驚きはしても、いのちは萎えたまま、生きる力は枯渇したままでした。生ける屍です。

 ヨハネ21章が描いているのは、元の漁師に戻りかけたペトロたちに復活の主がみたび姿を現してくださり、決定的な会話を彼となさった場面です。「ヨハネの子シモン」と親しく呼び掛け、「わたしを愛しているか」と尋ねられます。そうです、その通りです、もちろんご存じでしょう、わたしはあなたを愛しています――ペトロはそう答えます。愛の告白あるいは信仰の告白を三度します。
二人の会話に大変興味深い言葉が用いられています。新共同訳では主イエスの問いは三度とも「愛しているか」であり、ペトロの答えも「愛している」です。

 最新のルター訳ドイツ語聖書でも六つともリーベン(愛する)という訳語が採られています。しかし、ギリシャ語原典ではイエスさまの最初の二回は「アガパオー」という動詞、最後の問いは「フィレオー」で、ペトロの答は三回とも「フィレオー」でした。どちらも「愛する」と訳すことができますが、ここで神の無償の愛アガペーと通じる動詞アガパオーと、友愛フィリアにつながるフィレオーは意図的に区別して使われたのでしょうか。通説は単なる言い換えと見ますが、岩波訳はフィレオーを「ほれこんでいる」と思い切って訳しています。そうならば、この会話でイエスさまは、主が期待されたアガパオーとは違うペトロの愛フィレオーが持つ人間的限界を赦し、受容してくださったのだと、わたしには思えるのです。

 主イエス・キリストはわたしたちの人間的な弱さも罪も十字架と復活で赦し、未だ不十分さを抱えたままの生を受け容れて、新たに生かしてくださいます。「わたしに従いなさい」と招かれます。ここに赦され生かされながら、終末での復活の完成を望みつつ今を生きる新しい信仰者の生き方が可能になります。ペトロは弱さを背負いつつ使徒としての生涯を全うしました。

 わたし自身の69年間の人生、42年間の牧師とされての歳月は、弱さと罪にもかかわらず、赦され生かされて生き、及ばずながら神と教会と人々にご奉仕させていただく恵みに浴した幸いの時でした。十字架と復活は神の愛です。主の力です。ただただ感謝。アーメン

日本福音ルーテル教会 牧師 江藤直純

 

2018.03

「エロイ エロイ レマ サバクタニ」

201803 昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である(マルコによる福音書15・33〜

 エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ!この印象的な主の最後の言葉がなぜ原語で採録されたのか。それは、マルコが「これが福音の神髄である」と確信したからである。

 今年はマルコ福音の年。マルコ典礼を奉ずるコプト教会が昨年日本に初めての礼拝堂を開いた。その時の記念礼拝がコプト教会の教皇を迎えて開催された。2時間に及ぶ礼拝は鐘太鼓も含め終始喜びの調べにあふれていた。
 コプト教会は1世紀以来、エジプトでマルコの伝統を伝えている。そのマルコの福音書の1章1節に「神の子の福音の初め」とあり、そして最後の15章39節「百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『本当に、この人は神の子だった』と言った」とあり、神の子の福音が語られている。「神の子」の福音である。

 コプト教会が今なお多くの殉教者を出しながら、喜びをもって耐え忍んでいるのは、彼らが人間的イエスではなく神の子としてのイエスを信じているからだと思う。しかし、そのマルコが福音書の中では「人の子」イエスを描いているのだ。その子イエスが「神の子」として奉じられる。これが私たちの主イエス・キリストである。

 「人の子」として罪びとの仲間になられた。だが「罪びとの仲間」はまだ罪びと自身ではない。だが、十字架のあの叫びは、神の子が罪びとの一人に数えられた瞬間であった。神に捨てられ独りにされることが神の子における罪びとの標識である。この時のためにイエスの生涯は導かれた。そしてそれが神のご計画であった。神なき世にあって苦しむ人々との一致がこの瞬間に成った。神の子が私のために、もはや正しい事を言われず、ただ、同じ罪人となられた!

 ボンヘッファーは「深いこの世性」と言った。それは「この世の一致」である。これには「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」が絶えず共振している。これによって、垂れ幕が裂け、二つの分裂したものが一つにされた。神と人とが共に生きる地平が開かれた。神の子が罪びととされた絶望のこの叫びによって、教会は仮現説から決別し、真の神の子の告白を選び取った。この世の一致とは罪びとの一致であることがわかった。

 民族、宗教、人種、階級、能力、気質などの異なりを超えて人々を一致へと導く可能性は、それぞれの痛みや苦しみを寄せ合う交わりと連帯にあるのではないか。この点を出発点として全ての人が一致出来る。そしてその一致は神ご自身がその真ん中に立たれる一致である。そのことがイエスの十字架のあの叫びで成就したと、マルコはそう思ってあの叫びを、原語を残しつつ、福音の終わりとして、ローマの百人隊長をして「この人こそ神の子だった」と言わしめ、異邦人を含め全ての神の民を神の子とする福音を語り終えた。

 神が私たちのために罪びととなられたことによって神の堕落論のロックが解除され始動する!絶望は悪魔の分断のしるしから神の恵みのしるしへと変えられた。神の子であるイエスにおいて、義人の矜持という自分をガードする何ものもなくなり、神の恵みが自由に出入りできるようになった。神の子の絶望によって!神の子が罪びととなることによって!罪びとは神的普遍性を獲得した。恵みによってのみ生かされる普遍性である!

 その十字架の叫びから、全ての人間の苦しみを担い支える恵みが磁力線として発せられる。ヒロシマ―ナガサキ―アウシュビッツを経験した人類は、個人の罪に限定された十字架の神学の地平を、苦しむ人々全てと連帯することへと全面的に突破しなければならない。それは苦しむ一人ひとりが、自ら罪びととなって私たちをご自身へと結びつけてくださる方により、蘇る恵みに迎えられたからだ。

 そうして全ての人は一つとされ、神と共に生きる者となる。神の福音はイエスの十字架の「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」から永遠に発せられる光である!
日本福音ルーテル三原教会、福山教会 牧師 谷川卓三

 

2018.02

「恐れからの救い」

201802「その日の夕方になって、イエスは、『向こう岸に渡ろう』と弟子たちに言われた。そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、『先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか』と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、『黙れ。静まれ』と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。イエスは言われた。『なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。』弟子たちは非常に恐れて、『いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか』と互いに言った。」          (マルコによる福音書4・35~41)

「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」これは、2000年前に嵐の中で震えていた人たちに対するイエス様の問いかけです。もしもイエス様が今日、肉体をとって地上に来られるなら、同じ問いがイエス様の口から発せられるでしょう。
 ルイス・ブラウンという学者が、石器時代の原始人について、こう語っています。「はじめに、恐れがありました。恐れは人の心のうちにありました。そして人を支配していたのです。恐れはいつも人を圧倒して、人に安らぐことを赦しませんでした。風の激しいざわめき、雷鳴の轟き、待ち伏せする野獣の唸り声が、人を恐れで揺さぶりました。人の毎日は恐れで塗りつぶされていました。人の世界には危険が充満していました。原始人は、すきま風が吹き込む穴倉で傷を癒しながら、恐れに震えるほかなかったのです。」
 さて、現代人である私たちは、いろいろな面で進歩発展を遂げてきました。快適な家に住み、車に乗り、文化的な生活を送れるようになりました。しかし、それでもなお、古代人と同じように心に恐れと不安を持ちながら生きています。何故なのでしょうか。

 イエス様は、私たちに恐れるな、怖がるなと言われます。イエス様は一人一人が持っている恐れを取り除いてくださる方です。キリスト教は「恐れからの救い」を与えてくれます。

 神さまが救い主の誕生を知らせるために、天使を遣わされましたが、その天使はたった一回だけ説教する機会が与えられました。その説教の言葉が「恐れるな」でした。ルカによる福音書2章10節の言葉です。

 人生の最悪の敵、それは間違った恐れです。しかし、基本的には、恐れは良いことです。神さまは、人間に自らを守るために恐れるという能力を備えてくださいました。愚かな者は恐れるということを知りません。旧約聖書の箴言1章7節に「主を畏れることは知恵の初め」とあります。

 さて、マルコによる福音書4章35節以下を読みますと、イエス様と弟子たちはガリラヤ湖を渡ろうとしていました。すると突然、嵐になり、波が高まって、船に水が入ってきました。彼らは怖くなりました。どうしてでしょうか。彼らは嵐に比べて自分たちの力が小さすぎると思ったのです。それで沈みかけたのです。自分は小さい者だ。自分にはかなわない。その思い、それが、誰もが恐れる理由です。人はいろいろな出来事に出会って恐れと不安と心配をいつも感じながら生活しているものです。どうすれば恐れ・不安から癒されるでしょうか。

 イエス様は「まだ、信じないのか」と言われました。恐れを癒すたった一つの方法、それは「信仰」です。信仰は恐れを取り除いてくれます。しかし、間違ってはなりません。

 この信仰とは、嵐が起こるたびごとに、神を呼び求めると神はすぐ嵐を静めてくださるという意味ではありません。イエス様は、時には波風に向かって「静まれ、黙れ」と言われます。ある時には私たちの状況を変えられることもあります。また別の時には、私たち自身を変えてくださいます。私たちの人生にはいろいろな苦しみ不安、心配などが次から次へと出て来ます。それが自分で解決できない時、舟に乗っている弟子たちのように「先生、私たちが、おぼれてもかまわないのですか」と恐れから不平、不満を神さまに、時には回りの人たちにぶつけてしまうことがあります。

 その時、イエス様は嘆かれます。「なぜ、信仰がないのか」と。イエス様はいつも私たちと共にいてくださる方です。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイによる福音書28章20節)とイエス様は言われます。このみ言葉を信じる信仰が、私たちをすべての恐れから救い、恐れを取り除いてくれるのです。アーメン
日本福音ルーテル日吉教会 牧師 齊藤忠碩 

 

2018.01

「良い地に播かれた種」

201801「イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。『種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て 食べてしまった』」。            
(マタイによる福音書 13・3 ~4)

主イエスは聖書の中で、神の真理を伝えるために、多くの譬え話を語っています。身近な風景あるいは物語によって、一つの神の真理を伝えるのが譬え話です。ですから、大事な中心の真理をきちんと受け止めなければなりません。
 この「種まきの話」の中心的メッセージは何かと言いますと、それは神の国は決して人間の力によるものではなく、神の計り知れない御業により、成長するということです。
 主イエスの言われる『成長』はこの世的な単なる量的拡大ではありません。成長は隠されていたものが明らかに開かれ、現れ、発展していくということです。明らかにされていなかった固有のあり方が神の御業により開かれ、発展していくこと、これが神による成長です。その意味でも、この神の御業と成長は私たちの思いを超えています。ですから、大切なのは、私たちが神のみ業をひたすら素直に受け入れ、心を開くことです。
 この譬えにあるように種はいろいろな所に播かれます。この当時の、バレスチナの種まきの方法は二通りあったと言われています。一つは、種を播く人が畑を行ったりきたりしながら種を撒き散らすやり方です。この場合には、風が吹いていると種は風に乗って四方に運ばれていき、あるものは畑の外に落ちてしまいます。第二の方法は種を入れた袋の角に穴をあけて、それをロバの背に乗せ、袋の種が無くなるまで、畑の中をロバが歩く方法です。こちらの方が一般的な種まきの方法として用いられていたと言われています。
 パレスチナの畑は細長くなっていて、その畑の中を誰もが通れるようになっていました。この聖書の箇所で、「ある種は道端に落ち」とは、人が通る道端は踏み固められ、種が根付きにくくなっていたのです。
 このように種は良い地だけには播かれることは限りません。むしろ、それ以外の所にも播かれるのです。道端や石灰岩が土の下にあるような土地にも、さらに畑の脇の茨の中にも種は風に乗って広域的に播かれます。良い土地に播かれて多くの実を結ぶ種だけをこの譬えは語っているのではありません。むしろ、実を結ばないところに播かれた種についても語っています。

 実を結ぶ種だけでなく、実を結ぶことなく消滅した種も、神のはたらきそのものです。何の成果も上がらない、「休眠状態」と思えるような所にも、神は働いています。たとえ、人間的判断で小さな成果しか挙げられないと思えるような所でも、私たちの思いを越えたものが生まれるのです。とても神の働きがないと思えるような所であったとしても、そこにふさわしい神の実りが備えられていることをこの譬えは語っています。
 神の業は、その働きを真から求めるところで開かれ、生成していくのです。譬えが語る、神の実りがある「良い地」とはこの世的に、物質的に、自然的に何もかも整っている場ということではありません。そうではなく、神を心から求める思いと信仰があるところ、それが「良い地」となるのです。
 ローマの信徒への手紙8章22~23節でパウロはこう言います。
 「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。被造物だけでなく、〝霊〟の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。」
 ここでパウロが「体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます」と言うように、神を信仰的に自覚的に受け入れる前に、無意識の中にしても、私たちが呻きながらも神を求める思いが信仰の前にあることが大事です。神を求める思いがないところには神のみ業は根付かないとも言えます。
 キリストの教えを受け入れるには、それなりの信仰を求める心がそこになければなりません。そうでなければ、キリストへの信仰も育っていかないのです。ただ、聖書を教えれば信仰が根付くというものではありません。「教える」ことと、「育てる」ことは別です。意識的にせよ、無意識であれ、心動かされた神への問いがあることにより、信仰は私たちの内において、み言葉と共に育つのです。

日本福音ルーテル東京池袋教会 牧師 青田 勇

 

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