topimage
トップページ ルーテル教会とは 全国の教会 関連事業 るうてる法人会 諸活動・運動体

 

JELCニュースブログ
バイブルエッセイ
機関紙るうてる
JLERルーテル救援
アーカイブ
聖書日課
教会讃美歌
TNG次世代育成
お問い合わせ
サイトマップ

 

バックナンバー:2012年版2013年版2014年版2015年版2016年版 /2017年版2018年版
        2019/年版

バイブルエッセイ

2018.12

「闇の中に現れる光」

201812「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。 」(ヨハネによる福音書1・4〜5、14)「

日本福音ルーテル教会の降誕祭の聖書日課(福音書)は、毎年、ヨハネによる福音書の1章1〜14節です。光と暗闇の対比が印象的なこのロゴス讃歌ですが、クリスマスでは、ここに「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」(9節)とあることから、まことの光が世にやって来たという出来事(降誕物語)の方に焦点があるように思います。しかし思うのですが、ここには「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(5節)ともあるわけで、「暗闇」にピントを合わせてみることも、クリスマスの季節には必要なことなのではないでしょうか。

 さて、ジャン・バニエは、『コミュニティー』(一麦出版社)の中で、「人は、光と闇の混合体(です)」と言っているのですが、そうであるならば、自分の内にある暗闇を見つめることからはじめてみよう、と思います。「自分の内にある暗闇」と聞いて思い出す詩があります。それは、岩田宏さんの「住所とギョウザ 」という詩です。この詩を初めて読んだのは、ずいぶん昔のことで、たしか、茨木のりこさんの『詩のこころを読む』(岩波ジュニア新書)に収められていたものでした。その本が見つからないので、平川克美著『言葉が鍛えられる場所』(大和書房)から引用させてもらいます。

《大森区馬込町東四ノ三○
大森区馬込町東四ノ三○
二度でも三度でも
腕章はめたおとなに答えた
迷子のおれ ちっちゃなつぶ
夕日が消える少し前に 
坂の下からななめに 
リイ君がのぼってきた 
おれは上から降りていった
ほそい目で はずかしそうに笑うから 
おれはリイ君が好きだった
リイ君おれが好きだったか
夕日が消えたたそがれのなかで
おれたちは風や紙風船や 
雪のふらない南洋のはなしした
そしたらみんなが走ってきて
綿あめのように集まって 
飛行機みたいにみんなが叫んだ
くさい くさい 朝鮮 くさい
おれすぐリイ君から離れて
口ぱくぱくさせて叫ぶふりした
くさい くさい 朝鮮 くさい

今それを思い出すたびに 
おれは一皿五十円の
よなかのギョウザ屋に駆けこんで 
なるたけいっぱいニンニク詰めてもらって 
たべちまうんだ 
二皿でも三皿でも 
二皿でも三皿でも!》。