バイブルエッセイ

2010年のバイブルエッセイ一覧

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冬の日の贈り物

  僕は小学生の頃、ホッケークラブにはいっていた。と言っても子供のためのアイスホッケー教室、でも一流の選手たちが教えてくれる。ダッシュやストップ、ステックでのパスやシュートの練習、僕は毎週土曜日、クラブに通うのを楽しみにしていた。
  格好だって大人と同じユニホーム、特に僕の自慢はカナダ製のスケート靴だった。それは父がクリスマスにプレゼントしてくれたものだ。
  ある冬の日、父が「明日、湖にスケートしに行こう」と言った。「湖?」僕は初めピント来なかったけど、すぐに「行こう、行こう」と言った。
  次の日、僕は早く夕飯を済ませて夜早く眠った。そして夜中に父の愛車で出発した。「長野まで何時間もかかるぞ、眠かったら寝ていなさい。そのほうがいいかもしれない。」「いつごろ着くの?」「朝早くには着ける、きっと気持ちいいぞ、思いっきり滑ろう。」「うん。」
僕はわくわくした。ずっと助手席で起きていた。夜中のドライブも子供のぼくには楽しかった。なんだか「冒険」のような気がしたからだ。
  夜が明けてくると景色はまるで違っていた。雪がいっぱい積もっている。
朝早く湖に着いた。空は真っ青、湖に人はまだいない。周りは白樺林。氷の表面は、朝の陽ざしを受けてうっすらと霧が漂っている。
  僕は例のスケート靴を履いて、氷に一歩踏み出した。すぐにころんでしまった。父はもう先のほうまで滑行ってしまっている。
   父に追いつこうと思って、すぐに起き上がり、滑り出したがすぐに転んでしまう。なんだか、氷から伝わってくる感覚がいつもと違う。「どうした?早くこっちまで滑っておいで。」父がこっちを向いて呼んでいる。「何か変なんだよ、すごく滑りにくいんだ。」「父は言った。「当たり前だよ、湖なんだから。氷の表面が、磨かれているわけじゃないからね。」そういいながら戻ってきてくれた。僕は父の手を掴んで起き上がった。そして父と手をつないだまま少しゆらゆらしながら氷をキックして滑り出した。もう転ぶことはなかった。転びそうになると、父の手が僕を支えてくれるから。父の大きな手がとても力強く感じた。少しすると、手袋を通して父の手から、暖かさがつたわってきた。しばらくすると、もう手をつながなくても滑れるようになっていた。

  僕は冬になるとあの日のことを思い出す。父のことを思い出す。そして僕は今、神さまに手を支えられて生きているのだと強く感じる。あの日、子供心に父の愛を感じたように、神さまの愛を感じながら。信仰もあの日の父がくれた贈り物。

[k]

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「サンタクロースって いるんでしょうか?」


有名な本で「サンタクロースっているんでしょうか」という本があります。今から110年以上も前の、1898年にニューヨークの新聞の社説が8歳の女の子の、「サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?」という素直な質問に新聞記者のフランシス.チャーチが答えたものです。このような言葉で8歳の女の子に語っています。
 「バージニア、おこたえします。サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友だちはまちがっています。きっと、その子の心には、いまはやりの、なんでもうたがってかかる、うたぐりやこんじょうというものが、しみこんでいるのでしょう。うたぐりやは、目にみえるものしか信じません。うたぐりやは、心せまい人たちです。心がせまいために、よくわからないことが、たくさんあるのです。それなのに、じぶんのわからないことは、みんなうそだときめているのです。
 けれども、人間の心というものは、おとなのばあいでも、子どものばあいでも、もともとたいそうちっぽけなものなんですよ。わたしたのすんでいる、このかぎりなくひろい宇宙では、人間のちえは、一ぴきの虫のように、そう、それこそ、ありのように、ちいさいのです。
 そのひろく、またふかい世界をおしはかるには、世の中のことすべてをりかいし、すべてをしることのできるような、大きな、ふかいちえがひつようなのです。」
 このように疑いをいだくのでなく、信じる心をもつことを記者は丁寧に伝えています。さらに、信じることは、人間にとっても最も大事な愛と信頼がそこから生まれてくることを語っています。
 信じる世界の中で生きること、これがキリストの誕生を祝うクリスマスです。信じる世界の中で私たちの心が新たにされ、愛と信頼に満ちた日々の生活を送っていきたいものです。(青田 勇)

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11月の男

   ドイツの南部にシュヴェービッシュ・ハルという小さな古い街があります。その街の中心のマルクト広場の片隅に、Waldemar Ottoという現代芸術家が作成した一体のブロンズ像が立っています。ポケットに手を突っ込み、うつむき加減で陰鬱な表情を浮かべて立ち尽くしている、痩せたこの男の像には「11月の男(Mann im November)」という題が付けられています。なぜ11月の男なのでしょう?
   実はドイツ人に、あなたの一番嫌いな月はいつ?と聞くと、ほとんどの人は「11月」と答えるそうです。えっ11月が一番嫌い?私の中での11月のイメージといえば、以前京都にいた頃の記憶、たくさんの観光客が押し寄せる、秋の深まる一番美しい賑やかな季節、というものでした。それなのになぜ?と疑問に思ったのですが、実際に11月のドイツを体験してその理由がわかりました。11月、美しい秋はとうに過ぎ去り、冬の戸口に立ちつくしたまま、日ごと確実に昼が短くなる中で、薄暗く肌寒く、しょっちゅう冷たい雨が降り、時には雪が降ってはすぐに溶けてじめじめする。そんな感じの季節なのです。そして、それはいわば、夏から秋にかけては自分のすぐそばにあったはずのいろいろな楽しいものや心地良いもの、例えば暖かな日の光であったり、爽やかな風であったり、目を楽しませる花や緑であったり、そういったものが、次々に失われてゆく時なのです。ブロンズ像「11月の男」がなんとも寂しそうな顔をしているのは、きっと自分からあらゆるものが失われてゆく時にじっと耐えているからなのでしょう。
   それではドイツ人が一番好きな季節はいつでしょうか?多くの人がなんと「12月」と答えるそうです。その理由を、ドイツ語学校のある先生は「クリスマスを迎える12月は光の季節だから」と教えてくれました。北半球での冬至の時期と重なるクリスマスは、1年で一番夜が長くなる時でもあります。日本よりも緯度の高いドイツの12月には4時には日が沈み、8時になってやっと夜が明ける日が続きます。ですから12月は本来11月よりもさらに風は冷たくなり、草花は枯れ果て、夜の闇は増してゆくそんな季節なのです。しかし、クリスマスのために準備していく4回の日曜日、アドベントの時の間に、街はますます光に溢れていきます。人を取り囲む闇が深くなればなるほど、光もまた強く輝き始めるのです。
   ブロンズ像の「11月の男」は悲しげな表情のままで時間を止めてしまっています。しかし、今を生きている私達には、あらゆる物が自分から失われてゆくようにしか見えない時のその向こう側から、光溢れる時が確実に近づいているのです。(L)

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400年後への手紙


 航空機の機内誌に「400年前からの手紙」という記事が載っていました。次のような話です。
 「トルコで400年前に建てられたイスラム教のモスクの補強工事をしなければならなくなった。400年前の基盤石がもろく崩れそうになってきたためであった。現代技術の智恵をあつめ基盤石の取り替えにかかったところ、ガラス管が石の中からでてきた。その中には羊皮紙に書かれた手紙がいれてあった。その手紙は400年前にこの建物を建てた設計技師からのものだった」という話です。
 その手紙の内容は、「この基盤石は400年しか耐久性がない。400年後の人たちはこの石の交換をはじめるだろう。この石がこの建築物にとっていかに重要であるかを知り、交換するときの諸注意ならびに建築設計図をここに示す」というものでした。この建築家が400年先を見据え、なおかつ未来の技術者にむけて書いた手紙の内容に、驚きとともに、これが本物の仕事人なのだなと思いました。
 はたして自分は400年後を見据えた働きをしているだろうか?いまのこの与えられた仕事をとおして何を未来にむけて伝えようとしているだろうか?振り返る時が与えられました。
きっと私たちに与えられた仕事、役割は400年後の人たちにとっても大切なものであり、なくてはならないものです。それを意識しながら働いているかどうかを問われています。
神様から与えられた仕事・役割は未来に対して残すべきメッセージを見据えることができるものです。秋の夜長に400年後のことを思ってみるのもいいですね。

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秋のはずが...


日本中が酷暑、猛暑の「異常気象」の8月でした。「残暑見舞い」は、二十四節気の「白露」の前日まではOKとのことですので...、「スーパー残暑、心よりお見舞い申し上げます」。
立秋はとうに過ぎ、9月になっても、相変わらず30度を超える暑い日が続いています。それどころか、9月に入って最高気温を更新した所もあるとのことです。お彼岸の頃まではこのまま推移するだろうと天気予報はうんざりする情報を。「秋が来るのかしら」と本気で不安にもなります。
そんなわけで、いつにも増して必死で秋探しをしています。しかし、なかなか見つかりません。正岡子規は「夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く」とうたっていますが、空には、今なお岩のような入道雲が林立しています。砂を散らしたような鰯雲が恋しいですねぇ。
とは言え、全くないわけではないのです、秋の気配は。
早朝、外に出てみますと、「冷気」とはまだまだ言えませんが、空気にかすかながら「ひんやり」を感じます。日中の日照りはいまだ強烈で、夏の炎天そのものです。都会の片隅に根を張る草木は、熱風に吹かれ息も絶え絶えって感じで、あえいでいます。我が家の猫も、風通しの良い場所を探してあちらこちらと移動し、でれーっと伸びています。
しかし、昼下がりからの陽射しは、夏の盛りの頃に比べると、その威力は確実に衰え、やわらかくなってきていると思います。そう感じる時、「秋は近いなぁ」と思い、息をつきます。さらに、時が経過し、日が傾くと、目線にとんぼが飛びこんできます。こうなれば、まさしく秋でしょう。「暑い、暑い、何とかしてくれー」と叫んでいるわたしですが、秋は遠慮がちながら、着実に近づいています。嬉しいことです。
そんな折、酷暑・猛暑の熊本に住む知人が、8月30日の「朝日歌壇」に掲載された俳句を紹介してくれました。「秋風や ふつと少女の あごあがる」。到来する秋への備えを促されます。
そういえば、旧約聖書の『詩編』に「ときが巡り来れば実を結び」と言う言葉があります。時来たらば、必ず成る。これは聖書が教えてくれる信仰、生き方ですね。時はわたしたちの手の中にはなく、支配できません。神様のものです。時の支配者である神様に信頼を寄せる時、猛暑の日々にあっても、秋を「望みのうちに待つ」という生き方ができますね。  M.T.

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パレスチナのオリーブは語る


主よ、平和をわたしたちにお授けください。
わたしたちのすべての業を成し遂げてくださるのはあなたです。
イザヤ書 26章12節

 木が話している声を聞いたことがありますか。木は何も話しません。でも木が話すことができれば、どんな話をしてくれるでしょうか。被爆地ヒロシマで、木の語る「ことば」を聞きたいと計画した人たちがいます。
 1945年8月6日8時15分。世界最初の原子爆弾が広島に投下されました。おなじ頃、パレスチナの渇いた大地に、一粒のオリーブの実が落ちました。芽を出して成長し、平和な時には人々が木陰で休み、豊かな実ができました。ところが、オリーブの木のまわりではたえず紛争がおこりました。
 あれから65年。原爆のあと焼け野が原だった広島には、世界中から6000本の木が届けられ、緑豊かな森の平和都市となりました。ところが、パレスチナで育ったオリーブの木は、人間が起こした争いのため多くの木が倒されています。

  紛争の地パレスチナでは、オリーブを「命の木」と呼びます。イスラエルにとっても大切な木です。平和のシンボルです。人々はその木を大切にし、木と共に生きてきました。 オリーブは、そこで何が起こっているかを見てきました。その木が紛争によって倒されています。人と人を分けるために高さ8mの分離壁(写真右)建設するため。住むところの奪い合いから道路の建設をするため。人間の勝手な思いや争いによってオリーブが倒されているのです。
 オリーブの木は何も話しません。でも話すことができたら何を伝えたいでしょうか。平和都市になった広島に住む人たちが、紛争によって倒された「命の木・オリーブ」をヒロシマに運び、その木で木簡を並べた「パンの笛(パンフルート)」という楽器をつくる計画を立てました。パレスチナのルーテル教会にお願いし、倒されたオリーブを探してもらいました。届けられたオリーブの年齢は60歳位、イエスさまが過ごされたパレスチナ居住区ナザレ近郊の村で倒された木でした。パレスチナの人々の祈りによってヒロシマに届けられた時、木の中心には水分があり生きていました。そのオリーブの木が、「パンの笛(パンフルート)」となって再び命をあたえられ復活したのです。(写真左下)
 オリーブはパンの笛になって語り出しました。「『なぜ人は戦争をし、人殺しを繰り返すのだろう。』僕はパレスチナの風に吹かれながら思っていた。街は破壊され、僕の命は分離壁のため倒された。でも僕はヒロシマの街を知っている。原爆で破壊されたヒロシマは、平和都市として再建した。そして僕もヒロシマで再び命を与えられた。だからヒロシマの子どもたちに語りたい。紛争の中にいる子どもたちにとって、あなたたちは「希望」だと・・・。」
 紛争によって倒されたオリーブの木は、ヒロシマの風を受け語り始めました。
                Y.T.
(詳しくは「ほほ笑みと感謝の会」ホームページhttp://asmile.jp/で)

 

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「プール」がくれた贈り物

「主はあなたを支えてくださる。」詩編55編23節

   七月になると思い出すことがある。それは子どもの頃、家族で行った京都旅行のことだ。小学生のある年、母と祖母に連れられて祇園祭りを見に出かけた。子どもの僕が祇園祭りに興味があったわけではなかったが、新幹線に乗れるので僕はついていくことにした。祇園祭りを母と祖母は堪能したようだった。翌日僕たちは琵琶湖にもう一泊した。
 ホテルは、湖畔に建っていた。部屋に入ると僕はすぐ母に「海水パンツを出して」と頼んだ。部屋からプールが見えていたからだ。上から見た水面はきらきらと輝いている。「待ちなさい。少し休ませて。」と母は言ったが、祖母が出してくれた。「そのかわり気をつけるのよ。」
 僕は一人でプールサイドに座り、足だけを水に入れて、夏の訪れを感じながら子どもながらに開放感を味わっていた。目の前には、琵琶湖が広がっている。行ったことのある芦ノ湖とは違って琵琶湖の大きさはそこに座っているだけでも感じ取ることができた。
 僕はビーチボールを抱えて、水の中に入った。気持ちがよかった。プールに人はまばらだった。ビーチボールに掴って、まるで琵琶湖で泳いでいるかのような感覚のまま僕は漂っていた。ところが一瞬の隙にビーチボールがポンと腕から逃げてしまった。
 僕は慌てたが、プールの底に足は届かず、もっと慌てた。殆ど泳げなかったからである。僕は沈んだ。僕はプールの底を足で蹴った。水面に顔を出し空気を吸って、何度かそれを繰り返した。何度かそうしているうち に、力が抜けたのだろう、僕の体は水に浮いた。いや水が僕の体を支えてくれたのだ。もう水は怖くなくなっていた。それどころか水に支えられて浮いている自分を心地よく感じた。僕は腕で水を掻いた。僕は自由を感じた。ビーチボールに掴まっているときよりもっと自由を感じた。もう少しも怖くなかった。
 僕はあの夏、神さまを信頼することを知ったような気がする。神さまに身を委ねて生きることの喜びを知ったような気がする。もう何かにしがみついて生きなくてもよい人生の素晴らしさを知ったような気がする。
 それはあの夏,プールがくれた贈り物。そして信仰は、神さまが僕に与えてくれた贈り物。神さまが僕を支えていてくださる。
[K]

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思いがけない視点 


「天が地を高く超えているように わたしの道は、あなたたちの道を 
わたしの思いは あなたたちの思いを、高く超えている。」  イザヤ書55章9節

梅雨時になるとK君のことを思い出します。障がいのある男の子で、彼が小学3年生の時から5年生まで家庭教師として関わりを持ちました。家庭教師といっても学校の勉強を教えるのではなく、外で遊びながら、いろいろなことを経験していくことを目指しました。未知の世界へのチャレンジ、まさに試行錯誤の連続でした。そのような中で、補助輪を外して自転車に乗れるようになった時には、K君以上にご両親が喜ばれ、その日のうちに新しい自転車を買いに行かれました。その自転車でサイクリングも楽しむことができました。ボール遊び、縄跳びなどをしていました。また、絵本を読んで感想文を書いたり、日記を書いたりしていました。彼は、なかなかの詩人でした。  
 雨が続いたある日、K君は小さな葉の上に一滴の雫があるのを見てこう言いました。「先生、葉っぱが重いよーって言ってる。」
 雨の雫一粒が小さな葉の上に乗っている、その葉には一粒がちょっと重かったから少し下を向いているのだ、そうK君には見えたのでしょう。或いは、うつむき加減になっている葉の声が聞こえたのかも知れません。けれどもその時の私には、K君が感じたように見ることはできませんでした。小さな葉の声に耳を傾ける、小さな葉から見る、というような視点はありませんでした。雨に濡れた花や葉を、「しっとりとして美しい」、「草花には潤いの雨」、そう、雨にだけしか目が向いていなかったのでした。草花の側に立つとき、激しく降る雨を「潤いの雨」などとは受け止めることなどできないでしょう。
 雨に濡れた小さな葉を一つとっても、いろいろな視点で見ることができます。しかし、私たちにはそのすべてを、いつも見ていくことはできないのではないでしょうか。私たちの思いを超えて見守ってくださっている方がおられることを、聖書は教えてくれています。 AU

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やさしさに包まれたなら

「わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。」(エフェソの信徒への手紙1:3−4) 

高校時代、私はユーミン(荒井由実さん)の歌が好きだった。友達とクラスで起こったさまざまな出来事、恋のこと、テストのこと、家族のこと、昨日観たドラマのこと...とりとめもなく話しながら歩いた下校途中の帰り道。ユーミンの曲は少し背伸びをしたい自分たちにぴったりな気がして、私たちはよく歌いながら歩いた。メロディを口ずさんでは、せつなさの少し混じった幸せにほうっとなったことを思い出す。
 "やさしさに包まれたなら"という曲がある。スタジオジブリの宮崎駿氏のアニメ「魔女の宅急便」の挿入歌と言えば思い出す人も少なくないだろう。軽快なリズムに乗せて彼女は歌う。
 『小さいころは 神様がいて 
 毎日愛をとどけてくれた 
 心の奥に しまい忘れた 
 大切な箱 開くときは今 
 雨上がりの庭で くちなしの香りの やさしさに包まれたなら 
 きっと 目にうつるすべてのことは メッセージ』。※
 人は常に心を占める考えや気持ち、態度を外に反映して生きている。外の世界に映るものは、すべて私たちの心の投影である。自分が何を外に見たいか、どんなことを聴きたいかによって、私たちの世界はまったく別の表情で立ち現れてくる。聞こえなかったメッセージが聞こえてくる。
 神様は人間を「愛され愛する」存在としてお創りになった。そう、本当はこの世界は神様のやさしさで満ちている。私たちは、いつ頃からこの愛を信じることに無器用になったのだろう。私たちの心の中には愛ではなく常に怖れがある。そして、それによって過去に支配され、現在を否定し、未来に望みを抱くことができないでいる。
 雨上がりに咲き出でる花の香りにこめられたメッセージを受け取りたい。小さい頃、いや私たちが母の胎にいた時からもうすでに届けられていた主の愛にもっともっと気づいていたい。あなたも私もやさしさに包まれている。あなたもそれを信じてみませんか?
(のんのん)
※JASRAC出1005976-001 るうてる

 

 

心の火花


「神よ、わたしの内に清い心を創造し 新しく確かな霊を授けてください。
御前からわたしを退けず あなたの聖なる霊を取り上げないでください。
御救いの喜びをわたしに味わわせ 自由の霊によって支えてください。」
詩編51編12~14節

子供のとき、母の古びた車に乗っていたときのことでした。途中でどこかの店に寄り、再びエンジンを掛けようとしたところ、とうとうエンジンが掛からなくなったのです。母が何回キーを回してもエンジンはなかなか掛からない...。隣に座っていた、当時子供だった私は、「どうしよう...」という不安と共に、恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。うちの車は何でこんなに古いんだろうと、新しくて格好いい車に乗れない現実を悲しんでいたそのとき、ある人が現れました。
 「何か困っているんですか?」と話しかけてきた見知らぬおじさんは、ついにボンネットを開けてあちこち触ります。すると嘘のようにエンジンが掛かるようになり、母はお礼を言いながら言いました。「これでエンジンはもう終わりかなと思いました」。そのおじさんが去っていくとき言った言葉を今でも覚えています。「どんな車でも小さな火花さえ起こすことができれば、少なくとももう1回、エンジンは掛かりますよ」。
 一枚の写真のように私の印象に残っている出来事。その中で聞こえてきた、見知らぬ、あのおじさんの話は、実は車だけに限らないことかもしれません。
 小さな火花。もし私たちの中にもそのような火花があるなら、どこででも新しい出発をすることができるのです。今の自分は新車なのか中古車なのか。値段はどれくらいで、どれくらい動けるだろうか。今、自分がいるのはどんな場所だろうか、走り易い道なのか、困難な道なのか。実はそれらよりもっと大事なのが、まずエンジンが掛かるための新しい火花が自分の心にあるかないか...ではないでしょうか。
 暖かい風が吹き、新しい命が芽生える春、新しい年度が始まり、新しい人々と出会う4月を迎えました。私たちの心の中にも、暖かい風と共に新しい火花を起こす、神様からの新しい霊が与えられますように。それが「今」を生きるための自分のエンジンになりますようにと祈りながら、また訪れる新しいときを迎えます。 Bon

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夢広がる世界、それは・・・


以前、ある地方新聞で面白い記事を読みました。富士山に降った雨が地中を通って平野部で再び地上に湧き出るのに、どれだけの時間がかかっているのか、という研究についての記事です。諸説あって、これが間違いなく正しいという見解は得られていないのだそうですが、たとえば、ある人は、井戸の地下水位の経年変化と御殿場気象観測所における降水量を比較して、二ヶ月ちょっとだと割り出しています。一方、別の人は、地下水に含まれる人工放射性元素トリチウムの濃度変化に視点を当てて分析。結果、二十六年から二十八年と説いています。いやいや、そんなものではない。およそ百年という説をたてている大学教授もおられるそうです。
 そうか。富士山のそばで暮らす人たちのもとで湧き出る水は、ひょっとしたら百年前に降った雨の水かもしれない......。夢のある話ですね。
 さらにその記事が書いていたのは、火山岩の富士山よりも普通の山の方が地下水の流れは遅いのだそうで、その流速は年間1メートル程度だとか。その説ならば、地表に湧き出てくるには山の高さによっては何百年もかかっている。私たちが口にする≪○○山の名水≫は、何時代のものということになるのでしょう。江戸時代、鎌倉時代......? 学術的に見て、これらがどうなのか、わたしには専門的なことは少しもわからないのですが、ただこんなことを考えさせてもらえると、ロマンを味わえますよね。
 星の大好きなA牧師は、あるとき、夜空を見ながら、ひとつの星をさして「あれは二千光年です。つまりイエス様がお生まれになったころの光がいまここに届いて見えているのです」と教えてくださいました。
 ハーッ、もっと凄いスケール!私たちが、今ここで生きているという時に、いったい、どれほど昔からのもの、積み重ねられてきたものが取り巻いているのでしょうか。いえいえ、もっと大きなスケールもあります。
 あなたが生まれるためには、まずひと組の男女(計2人)が結ばれていました。その2人が生まれるためには、さらにふた組の男女、計4人が必要でした。その4人が生まれてくるには四組の男女、計8人が必要でした。その8人が...と続けて、ほんの十世代前までさかのぼってみたら、果たして何人の人がそこに登場するでしょう。なんと百万人を突破します。嘘だと思ったら、ぜひ計算機を片手に試してみてください。そして、もうそれ以上は、8ケタ程度の計算機では割り出せなくなります。あなたというひとりの人が生まれてくるために、どんなに多くの人が関わっているのでしょう。あなたという人が生まれ、生きて行くのに、いったいどれほどの要素が取り巻いていることでしょう。
 そうまでして、あなたという人に生まれてきてほしかったのだ、と神様はおっしゃいます。だって、わたしはあなたが大好きだから、と。富士山からの水よりも、何万光年の星よりも、ずっとずっとスケールが大きくて、夢広がる話。それは、あなたです。 (パパレンジャー)

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心の窓を全開せよ!

あなたがた自身、互いに愛し合うように、神から教えられているからです
心の窓を全開せよ! 日本聖書協会『聖書 新共同訳』第一テサロニケ4章9節

今年も、もう1ヶ月が過ぎました。
 1年の暦の上で最も静かにゆっくりと時間が過ぎていくのは、いま迎えたばかりの2月のように私には思えてなりません。空気は冷たいけれど、どこか地の奥深くから春の振動が感じられ......、まだ冬の真最中だけれども、生活の中に春の色が見え始めている......。

 私が今のアパートに移り住んでから二度目の春を迎えようとしています。西角部屋で、南側には農家の大家さんの畑が広がっていて、寒い寒いと言いつつも、畑には次々と新しい命が芽吹いています。
 そんなある日の夜のことです。仕事から帰って来たら、南側の2枚の窓ガラスそれぞれにひびが入っていたのです。「風で石でも飛んできたのかしら......」「それとも、アパート周辺に集まるカラスのいたずら?」。そのときの私には、そのひびが大して気になることでもなく、むしろその原因を探る方が面白楽しく、すぐに何することもありませんでした。ところが、しばらく経ってそのことを大家さんに伝えると「ひびは気圧のせいかも知れない。だけど、地震でも起きたら危険だから、すぐ取り替えるように」とのことで、次の日、硝子屋に来てもらいました。
 暖房を入れている寒さですから、当然私の部屋で1枚ずつ硝子を交換するのかと思っていたら、窓枠ごと2枚を店に持ち帰って交換してくるとのこと!! その間、硝子戸があった場所がすっぽりと外に向けて四角く抜けた状態になってしまいました。どんなにか自分が悲惨な状況にさらされるのかと思っていたら......「あぁ~、何て素晴らしい眺め! 何て気持ちの良い眺め!」 外の畑の風景が、まるで1枚の絵画の様に、はっきりとくっきりと私の部屋に広がっているのです。それも、何にも邪魔されないで。

 普段、窓を開けていると言っても左右どちらかに硝子戸を重ねている分、風景は半分邪魔されていたのです。「私は、今まで一体何を見ていたのか」「私には、本当に外の風景が見えていたのか」そう思った瞬間、「私は自分を取り巻く人たちのことを、今まで本当に見て来ていたのか」「彼等を正しく見ていたのか」と、急に胸が締め付けられたのでした。

 そのとき、私に届いた言葉は『心の窓を全開せよ!』。
 これによって、初めて相手を正しく見て理解し、相手と本当に出会うことができることを教えられたのでした。
(JUN)

 

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