10.06.30
「プール」がくれた贈り物
「主はあなたを支えてくださる。」詩編55編23節
七月になると思い出すことがある。それは子どもの頃、家族で行った京都旅行のことだ。小学生のある年、母と祖母に連れられて祇園祭りを見に出かけた。子どもの僕が祇園祭りに興味があったわけではなかったが、新幹線に乗れるので僕はついていくことにした。祇園祭りを母と祖母は堪能したようだった。翌日僕たちは琵琶湖にもう一泊した。
ホテルは、湖畔に建っていた。部屋に入ると僕はすぐ母に「海水パンツを出して」と頼んだ。部屋からプールが見えていたからだ。上から見た水面はきらきらと輝いている。「待ちなさい。少し休ませて。」と母は言ったが、祖母が出してくれた。「そのかわり気をつけるのよ。」
僕は一人でプールサイドに座り、足だけを水に入れて、夏の訪れを感じながら子どもながらに開放感を味わっていた。目の前には、琵琶湖が広がっている。行ったことのある芦ノ湖とは違って琵琶湖の大きさはそこに座っているだけでも感じ取ることができた。
僕はビーチボールを抱えて、水の中に入った。気持ちがよかった。プールに人はまばらだった。ビーチボールに掴って、まるで琵琶湖で泳いでいるかのような感覚のまま僕は漂っていた。ところが一瞬の隙にビーチボールがポンと腕から逃げてしまった。
僕は慌てたが、プールの底に足は届かず、もっと慌てた。殆ど泳げなかったからである。僕は沈んだ。僕はプールの底を足で蹴った。水面に顔を出し空気を吸って、何度かそれを繰り返した。何度かそうしているうち に、力が抜けたのだろう、僕の体は水に浮いた。いや水が僕の体を支えてくれたのだ。もう水は怖くなくなっていた。それどころか水に支えられて浮いている自分を心地よく感じた。僕は腕で水を掻いた。僕は自由を感じた。ビーチボールに掴まっているときよりもっと自由を感じた。もう少しも怖くなかった。
僕はあの夏、神さまを信頼することを知ったような気がする。神さまに身を委ねて生きることの喜びを知ったような気がする。もう何かにしがみついて生きなくてもよい人生の素晴らしさを知ったような気がする。
それはあの夏,プールがくれた贈り物。そして信仰は、神さまが僕に与えてくれた贈り物。神さまが僕を支えていてくださる。
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