10.09.07
秋のはずが...
日本中が酷暑、猛暑の「異常気象」の8月でした。「残暑見舞い」は、二十四節気の「白露」の前日まではOKとのことですので...、「スーパー残暑、心よりお見舞い申し上げます」。
立秋はとうに過ぎ、9月になっても、相変わらず30度を超える暑い日が続いています。それどころか、9月に入って最高気温を更新した所もあるとのことです。お彼岸の頃まではこのまま推移するだろうと天気予報はうんざりする情報を。「秋が来るのかしら」と本気で不安にもなります。
そんなわけで、いつにも増して必死で秋探しをしています。しかし、なかなか見つかりません。正岡子規は「夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く」とうたっていますが、空には、今なお岩のような入道雲が林立しています。砂を散らしたような鰯雲が恋しいですねぇ。
とは言え、全くないわけではないのです、秋の気配は。
早朝、外に出てみますと、「冷気」とはまだまだ言えませんが、空気にかすかながら「ひんやり」を感じます。日中の日照りはいまだ強烈で、夏の炎天そのものです。都会の片隅に根を張る草木は、熱風に吹かれ息も絶え絶えって感じで、あえいでいます。我が家の猫も、風通しの良い場所を探してあちらこちらと移動し、でれーっと伸びています。
しかし、昼下がりからの陽射しは、夏の盛りの頃に比べると、その威力は確実に衰え、やわらかくなってきていると思います。そう感じる時、「秋は近いなぁ」と思い、息をつきます。さらに、時が経過し、日が傾くと、目線にとんぼが飛びこんできます。こうなれば、まさしく秋でしょう。「暑い、暑い、何とかしてくれー」と叫んでいるわたしですが、秋は遠慮がちながら、着実に近づいています。嬉しいことです。
そんな折、酷暑・猛暑の熊本に住む知人が、8月30日の「朝日歌壇」に掲載された俳句を紹介してくれました。「秋風や ふつと少女の あごあがる」。到来する秋への備えを促されます。
そういえば、旧約聖書の『詩編』に「ときが巡り来れば実を結び」と言う言葉があります。時来たらば、必ず成る。これは聖書が教えてくれる信仰、生き方ですね。時はわたしたちの手の中にはなく、支配できません。神様のものです。時の支配者である神様に信頼を寄せる時、猛暑の日々にあっても、秋を「望みのうちに待つ」という生き方ができますね。 M.T.