09.07.30
光と影
神よ、天の上に高くいまし栄光を全地に輝かせてください。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』詩編108編6節
いよいよ、夏本番です! このジリジリと照りつける太陽の日差しが、街路樹の下に鮮明に枝葉の影を映し出しています。
小学生の時、太陽の動きと影のでき方を観察するという夏休みの理科の宿題がありました。白い紙の上に一本の棒を固定させ、紙に映った棒の影の先端に一時間おきに印を付けていく......。すると、太陽が東から南に移動するに従いその影は短くなり、南から西に移動するにしたがって、また長くなる。そして、最後、その並んだ点を結ぶとなめらかな曲線ができるという昔から当り前のことでも、初めて知った幼い私には、それは大きな発見でした。
それからだいぶ経って後、赤道直下では太陽が一番高い位置に昇ったとき、それはちょうど私たちの頭の真上にあるために、人の背後に影はできないということも知りました。
また、小学生のときにこんなことがありました。晴れた日曜日の教会学校で、先生がカーテンを閉めて薄暗くした部屋の中、「これからカーテンを一気に開けますから、何か変化を見つけてください」と。そして、カーテンがサッと開いた瞬間、「わぁっ~、ほこりがいっぱい飛んでいるのが見えるー」と子どもたち。それに対して「部屋が暗いときには、このたくさんの埃は見えなかったけれど、明るくなったら空中に飛んでいるのが良く見えますね」「この光は神様の光です。神様から離れて隠れていても、神様の光が当たると、私たちは、この埃のように全部見えてしまうんですよ」と、先生はお話しされました。
私たちが神様を遠くに見ている限り、自分の影は長く延びる......。言い換えれば、神様から遠く離れている時は、私たちの心の中に闇が大きく拡がっているのかもしれません。けれども、神様を自分の真上に、近くに見たとき、私たちの影も短くなる。それは、神様が近くにいてくださると信じるときに、私たちの心の中の闇も消されて明るくなっているということではないでしょうか。
そして、人からは気づかれていない、あるいは知られていないと思っている態度や行為も、神様の眼差し、光が射しこめば一瞬にしてその姿は明らかにされるのです。
夏の日々、太陽の光を全身に浴びるように、神様の光を心いっぱいに受けて元気に輝きましょう!
JUN