ルーテル教会は世界最大のプロテスタント教会であり、伝統的なキリスト教会です。式文(リタジー)を用いて礼拝を行います。

バイブルエッセイ

冬の日の贈り物

  僕は小学生の頃、ホッケークラブにはいっていた。と言っても子供のためのアイスホッケー教室、でも一流の選手たちが教えてくれる。ダッシュやストップ、ステックでのパスやシュートの練習、僕は毎週土曜日、クラブに通うのを楽しみにしていた。
  格好だって大人と同じユニホーム、特に僕の自慢はカナダ製のスケート靴だった。それは父がクリスマスにプレゼントしてくれたものだ。
  ある冬の日、父が「明日、湖にスケートしに行こう」と言った。「湖?」僕は初めピント来なかったけど、すぐに「行こう、行こう」と言った。
  次の日、僕は早く夕飯を済ませて夜早く眠った。そして夜中に父の愛車で出発した。「長野まで何時間もかかるぞ、眠かったら寝ていなさい。そのほうがいいかもしれない。」「いつごろ着くの?」「朝早くには着ける、きっと気持ちいいぞ、思いっきり滑ろう。」「うん。」
僕はわくわくした。ずっと助手席で起きていた。夜中のドライブも子供のぼくには楽しかった。なんだか「冒険」のような気がしたからだ。
  夜が明けてくると景色はまるで違っていた。雪がいっぱい積もっている。
朝早く湖に着いた。空は真っ青、湖に人はまだいない。周りは白樺林。氷の表面は、朝の陽ざしを受けてうっすらと霧が漂っている。
  僕は例のスケート靴を履いて、氷に一歩踏み出した。すぐにころんでしまった。父はもう先のほうまで滑行ってしまっている。
   父に追いつこうと思って、すぐに起き上がり、滑り出したがすぐに転んでしまう。なんだか、氷から伝わってくる感覚がいつもと違う。「どうした?早くこっちまで滑っておいで。」父がこっちを向いて呼んでいる。「何か変なんだよ、すごく滑りにくいんだ。」「父は言った。「当たり前だよ、湖なんだから。氷の表面が、磨かれているわけじゃないからね。」そういいながら戻ってきてくれた。僕は父の手を掴んで起き上がった。そして父と手をつないだまま少しゆらゆらしながら氷をキックして滑り出した。もう転ぶことはなかった。転びそうになると、父の手が僕を支えてくれるから。父の大きな手がとても力強く感じた。少しすると、手袋を通して父の手から、暖かさがつたわってきた。しばらくすると、もう手をつながなくても滑れるようになっていた。

  僕は冬になるとあの日のことを思い出す。父のことを思い出す。そして僕は今、神さまに手を支えられて生きているのだと強く感じる。あの日、子供心に父の愛を感じたように、神さまの愛を感じながら。信仰もあの日の父がくれた贈り物。

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