ルーテル教会は世界最大のプロテスタント教会であり、伝統的なキリスト教会です。式文(リタジー)を用いて礼拝を行います。

バイブルエッセイ

[緊急アピール]   東北関東大震災救援活動についてのお願い

対策本部ブログも開設しました。http://lutheran-tonaribito.blogspot.com/

主のみ名を賛美いたします。
 去る3月11日に起きた地震、津波による大惨事、「東北関東大震災」により、亡くなられた方々が神の慈しみにより、平安を賜るようことを心よりお祈りしますと共に、傷つき、家族、家、その他多くのかけがえのない大切なものを失い、悲しみの内にある方々の上に神の憐れみと慰めが注がれ、復興に向けての生きる力が与えられますことを心よりお祈りいたします。
 日本福音ルーテル教会は、3月14日、救援対策本部を設置して募金の呼びかけと情報収集を開始いたしました。
 今後、救援対策本部は被災地区の教会(仙台・鶴ケ谷)と連絡を取りつつ、諸教派(カトリック教会、聖公会等)の活動と協働しながら必要な支援活動と救済活動を進めていくようにいたします。
 救援対策本部を中心に推進される救援募金及び支援活動に各個教会、教区、関連施設からのご協力をよろしくお願いします。

  2011年3月15日                          
日本福音ルーテル教会 総会議長 渡邉純幸/救援対策本部長 青田  勇
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▼緊急募金の送金先▼
募金を捧げてくださる場合には、郵便振替用紙に「東北関東大震災」と明記して、以下の口座に送金くださるようにお願いします。

郵便振替:00190-7-71734   名義:(宗)日本福音ルーテル教会

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▼海外からの募金送金先▼
BANK
BANK NAME : SUMITOMO MITSUI BANKING CORPORATIO
BRANCH NAME : SHINJUKU NISHIGUCHI BRANCH
BRANCH ADDRESS : 1-7-1 NISHISHINJUKU SHINJUKU-KU TOKYO JAPAN
BRANCH NO. : 259
SWIFT CODE : SMBCJPJT

PAYEE
JAPAN EVANGELICAL LUTHERAN CHURCH
A/C NO. : 0501597
ADDRESS : 1-1 ICHIGAYA SADOHARA CHO SHINJUKU KU TOKYO 162-0842 JAPAN
TEL# : 03-3260-8631

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ビッグバンと「光あれ」


「創世記」は聖書の中でも特によく知られ、とりわけ冒頭にある天地創造の物語は、一度は読んだことがあるかもしれません。宇宙の起源、そして最初の人類が誕生する様子の「情景描写」が書いてあるので、とても興味をひきます。そのときの様子を一人のジャーナリストが現地取材し、それが天地創造の話になった・・・。そんなはずはもちろんないのです。ですからこれはノンフィクションではありません。だとしたら天地創造物語は、昔の人が空想して書いたファンタジーであって、今日、人間と宇宙の起源を探るのに利用価値はまったくないのでしょうか。聖書のお話しは、単なる「おとぎ話」にしかすぎないのでしょうか。現代科学の眼と理論で考えようとすると、そういう結論にしたくなります。

「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた、『光あれ。』こうして、光があった。」(創世記1章1−3節)
混沌の闇しかなかった空間に、突如光が輝いて宇宙ができたと、この古代のテキストは記しています。
では宇宙物理学は宇宙の始まりをどう説明するでしょうか。ビッグバンという大爆発から始まった、これが科学の定説です。真っ暗闇の中で突如起こった大爆発は、さぞかしものすごい光を放ったことでしょう。
そう、「こうして、光があった」のです。科学理論と聖書の記述が、表現こそ違え一致したのです。宇宙衛星と最新天体望遠鏡を使い、世界の科学者が膨大な時間とコストをかけてはじき出した答と、古くから語られ続けてきた創世記物語の一節が、見事に一致しているて、とてもおもしろいと思うのです。
ビッグバンと「光あれ」。表現が違いますが答は同じです。一般に、科学と信仰はまったく別物で、お互い相容れぬものと見なされます。ところが宇宙の起源について、科学の理論と信仰的インスピレーションというふたつのまったく異なるアプローチが、このように同じ結論を導き出したことに、ただ素直に驚きと感動を覚えるのです。

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名もなき星たち?


谷村新司が歌った[昴(すばる)]に「ああ さんざめく 名もなき星たちよ・・・」 という一節があります。確かに空気のきれいなところで見る夜空には数え切れないほどの星が輝いていて、そのほとんどが「星くず」と呼ばれるような名もない小さな星たちです。
 聖書もまた、数え切れないほどの多さをたとえるのに星の数をあげています。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい」と、神はアブラハムに語りかました。
 しかし聖書は同時に神がそれらの星の数を数え、一つ一つに名をつけておられる、と告げています。「主は星に数を定め、それぞれに呼び名をお与えになる」(詩編147編4節)。このような神の能力は驚くべきものです。
 私たちの世界では特に大きく輝く星、人々からぬきんでた者だけが「スター」と呼ばれ、他の多くの人々は「名もなき星たち」です。自分を「小さなもの」と思っている人は特にそのように考えているのではないでしょうか。しかし天地を創造された神はすべての星の名を呼び、またすべての人の名を知っておられるのです。大きな星だけでなく、小さな星も忘れてはいないのです。神には「その他大勢」という言い方はないのです。
 そしてもうひとつ大切なことは、星が大きい、小さい、というのは地上にいる人間の見方にすぎない、ということです。小さく見える星は遠くにあるから小さく見えるだけで、実際は大きく見える星よりももっと大きいのかも知れません。反対に人間には大きく見える星が実際には小さな星であったりします。私たちは自分や他の人を「小さな人」と考えたとしても、神様の見方はそうではありません。自分のことなんか、誰も気にも留めてくれない、とか、私には何の価値もないと、地上にいる人間の目で評価を下してはなりません。天におられる神はあなたにこう語りかけられます。「私の目にあなたは値高く、尊い・・・」イザヤ書43章4節。あなたは神の目にはかけがえのない、誰もあなたの代わりはいない、ただ独りの「あなた」なのです。(K.S)

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冬の日の贈り物

  僕は小学生の頃、ホッケークラブにはいっていた。と言っても子供のためのアイスホッケー教室、でも一流の選手たちが教えてくれる。ダッシュやストップ、ステックでのパスやシュートの練習、僕は毎週土曜日、クラブに通うのを楽しみにしていた。
  格好だって大人と同じユニホーム、特に僕の自慢はカナダ製のスケート靴だった。それは父がクリスマスにプレゼントしてくれたものだ。
  ある冬の日、父が「明日、湖にスケートしに行こう」と言った。「湖?」僕は初めピント来なかったけど、すぐに「行こう、行こう」と言った。
  次の日、僕は早く夕飯を済ませて夜早く眠った。そして夜中に父の愛車で出発した。「長野まで何時間もかかるぞ、眠かったら寝ていなさい。そのほうがいいかもしれない。」「いつごろ着くの?」「朝早くには着ける、きっと気持ちいいぞ、思いっきり滑ろう。」「うん。」
僕はわくわくした。ずっと助手席で起きていた。夜中のドライブも子供のぼくには楽しかった。なんだか「冒険」のような気がしたからだ。
  夜が明けてくると景色はまるで違っていた。雪がいっぱい積もっている。
朝早く湖に着いた。空は真っ青、湖に人はまだいない。周りは白樺林。氷の表面は、朝の陽ざしを受けてうっすらと霧が漂っている。
  僕は例のスケート靴を履いて、氷に一歩踏み出した。すぐにころんでしまった。父はもう先のほうまで滑行ってしまっている。
   父に追いつこうと思って、すぐに起き上がり、滑り出したがすぐに転んでしまう。なんだか、氷から伝わってくる感覚がいつもと違う。「どうした?早くこっちまで滑っておいで。」父がこっちを向いて呼んでいる。「何か変なんだよ、すごく滑りにくいんだ。」「父は言った。「当たり前だよ、湖なんだから。氷の表面が、磨かれているわけじゃないからね。」そういいながら戻ってきてくれた。僕は父の手を掴んで起き上がった。そして父と手をつないだまま少しゆらゆらしながら氷をキックして滑り出した。もう転ぶことはなかった。転びそうになると、父の手が僕を支えてくれるから。父の大きな手がとても力強く感じた。少しすると、手袋を通して父の手から、暖かさがつたわってきた。しばらくすると、もう手をつながなくても滑れるようになっていた。

  僕は冬になるとあの日のことを思い出す。父のことを思い出す。そして僕は今、神さまに手を支えられて生きているのだと強く感じる。あの日、子供心に父の愛を感じたように、神さまの愛を感じながら。信仰もあの日の父がくれた贈り物。

[k]

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「サンタクロースって いるんでしょうか?」


有名な本で「サンタクロースっているんでしょうか」という本があります。今から110年以上も前の、1898年にニューヨークの新聞の社説が8歳の女の子の、「サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?」という素直な質問に新聞記者のフランシス.チャーチが答えたものです。このような言葉で8歳の女の子に語っています。
 「バージニア、おこたえします。サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友だちはまちがっています。きっと、その子の心には、いまはやりの、なんでもうたがってかかる、うたぐりやこんじょうというものが、しみこんでいるのでしょう。うたぐりやは、目にみえるものしか信じません。うたぐりやは、心せまい人たちです。心がせまいために、よくわからないことが、たくさんあるのです。それなのに、じぶんのわからないことは、みんなうそだときめているのです。
 けれども、人間の心というものは、おとなのばあいでも、子どものばあいでも、もともとたいそうちっぽけなものなんですよ。わたしたのすんでいる、このかぎりなくひろい宇宙では、人間のちえは、一ぴきの虫のように、そう、それこそ、ありのように、ちいさいのです。
 そのひろく、またふかい世界をおしはかるには、世の中のことすべてをりかいし、すべてをしることのできるような、大きな、ふかいちえがひつようなのです。」
 このように疑いをいだくのでなく、信じる心をもつことを記者は丁寧に伝えています。さらに、信じることは、人間にとっても最も大事な愛と信頼がそこから生まれてくることを語っています。
 信じる世界の中で生きること、これがキリストの誕生を祝うクリスマスです。信じる世界の中で私たちの心が新たにされ、愛と信頼に満ちた日々の生活を送っていきたいものです。(青田 勇)

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11月の男

   ドイツの南部にシュヴェービッシュ・ハルという小さな古い街があります。その街の中心のマルクト広場の片隅に、Waldemar Ottoという現代芸術家が作成した一体のブロンズ像が立っています。ポケットに手を突っ込み、うつむき加減で陰鬱な表情を浮かべて立ち尽くしている、痩せたこの男の像には「11月の男(Mann im November)」という題が付けられています。なぜ11月の男なのでしょう?
   実はドイツ人に、あなたの一番嫌いな月はいつ?と聞くと、ほとんどの人は「11月」と答えるそうです。えっ11月が一番嫌い?私の中での11月のイメージといえば、以前京都にいた頃の記憶、たくさんの観光客が押し寄せる、秋の深まる一番美しい賑やかな季節、というものでした。それなのになぜ?と疑問に思ったのですが、実際に11月のドイツを体験してその理由がわかりました。11月、美しい秋はとうに過ぎ去り、冬の戸口に立ちつくしたまま、日ごと確実に昼が短くなる中で、薄暗く肌寒く、しょっちゅう冷たい雨が降り、時には雪が降ってはすぐに溶けてじめじめする。そんな感じの季節なのです。そして、それはいわば、夏から秋にかけては自分のすぐそばにあったはずのいろいろな楽しいものや心地良いもの、例えば暖かな日の光であったり、爽やかな風であったり、目を楽しませる花や緑であったり、そういったものが、次々に失われてゆく時なのです。ブロンズ像「11月の男」がなんとも寂しそうな顔をしているのは、きっと自分からあらゆるものが失われてゆく時にじっと耐えているからなのでしょう。
   それではドイツ人が一番好きな季節はいつでしょうか?多くの人がなんと「12月」と答えるそうです。その理由を、ドイツ語学校のある先生は「クリスマスを迎える12月は光の季節だから」と教えてくれました。北半球での冬至の時期と重なるクリスマスは、1年で一番夜が長くなる時でもあります。日本よりも緯度の高いドイツの12月には4時には日が沈み、8時になってやっと夜が明ける日が続きます。ですから12月は本来11月よりもさらに風は冷たくなり、草花は枯れ果て、夜の闇は増してゆくそんな季節なのです。しかし、クリスマスのために準備していく4回の日曜日、アドベントの時の間に、街はますます光に溢れていきます。人を取り囲む闇が深くなればなるほど、光もまた強く輝き始めるのです。
   ブロンズ像の「11月の男」は悲しげな表情のままで時間を止めてしまっています。しかし、今を生きている私達には、あらゆる物が自分から失われてゆくようにしか見えない時のその向こう側から、光溢れる時が確実に近づいているのです。(L)

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400年後への手紙


 航空機の機内誌に「400年前からの手紙」という記事が載っていました。次のような話です。
 「トルコで400年前に建てられたイスラム教のモスクの補強工事をしなければならなくなった。400年前の基盤石がもろく崩れそうになってきたためであった。現代技術の智恵をあつめ基盤石の取り替えにかかったところ、ガラス管が石の中からでてきた。その中には羊皮紙に書かれた手紙がいれてあった。その手紙は400年前にこの建物を建てた設計技師からのものだった」という話です。
 その手紙の内容は、「この基盤石は400年しか耐久性がない。400年後の人たちはこの石の交換をはじめるだろう。この石がこの建築物にとっていかに重要であるかを知り、交換するときの諸注意ならびに建築設計図をここに示す」というものでした。この建築家が400年先を見据え、なおかつ未来の技術者にむけて書いた手紙の内容に、驚きとともに、これが本物の仕事人なのだなと思いました。
 はたして自分は400年後を見据えた働きをしているだろうか?いまのこの与えられた仕事をとおして何を未来にむけて伝えようとしているだろうか?振り返る時が与えられました。
きっと私たちに与えられた仕事、役割は400年後の人たちにとっても大切なものであり、なくてはならないものです。それを意識しながら働いているかどうかを問われています。
神様から与えられた仕事・役割は未来に対して残すべきメッセージを見据えることができるものです。秋の夜長に400年後のことを思ってみるのもいいですね。

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秋のはずが...


日本中が酷暑、猛暑の「異常気象」の8月でした。「残暑見舞い」は、二十四節気の「白露」の前日まではOKとのことですので...、「スーパー残暑、心よりお見舞い申し上げます」。
立秋はとうに過ぎ、9月になっても、相変わらず30度を超える暑い日が続いています。それどころか、9月に入って最高気温を更新した所もあるとのことです。お彼岸の頃まではこのまま推移するだろうと天気予報はうんざりする情報を。「秋が来るのかしら」と本気で不安にもなります。
そんなわけで、いつにも増して必死で秋探しをしています。しかし、なかなか見つかりません。正岡子規は「夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く」とうたっていますが、空には、今なお岩のような入道雲が林立しています。砂を散らしたような鰯雲が恋しいですねぇ。
とは言え、全くないわけではないのです、秋の気配は。
早朝、外に出てみますと、「冷気」とはまだまだ言えませんが、空気にかすかながら「ひんやり」を感じます。日中の日照りはいまだ強烈で、夏の炎天そのものです。都会の片隅に根を張る草木は、熱風に吹かれ息も絶え絶えって感じで、あえいでいます。我が家の猫も、風通しの良い場所を探してあちらこちらと移動し、でれーっと伸びています。
しかし、昼下がりからの陽射しは、夏の盛りの頃に比べると、その威力は確実に衰え、やわらかくなってきていると思います。そう感じる時、「秋は近いなぁ」と思い、息をつきます。さらに、時が経過し、日が傾くと、目線にとんぼが飛びこんできます。こうなれば、まさしく秋でしょう。「暑い、暑い、何とかしてくれー」と叫んでいるわたしですが、秋は遠慮がちながら、着実に近づいています。嬉しいことです。
そんな折、酷暑・猛暑の熊本に住む知人が、8月30日の「朝日歌壇」に掲載された俳句を紹介してくれました。「秋風や ふつと少女の あごあがる」。到来する秋への備えを促されます。
そういえば、旧約聖書の『詩編』に「ときが巡り来れば実を結び」と言う言葉があります。時来たらば、必ず成る。これは聖書が教えてくれる信仰、生き方ですね。時はわたしたちの手の中にはなく、支配できません。神様のものです。時の支配者である神様に信頼を寄せる時、猛暑の日々にあっても、秋を「望みのうちに待つ」という生き方ができますね。  M.T.

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パレスチナのオリーブは語る


主よ、平和をわたしたちにお授けください。
わたしたちのすべての業を成し遂げてくださるのはあなたです。
イザヤ書 26章12節

 木が話している声を聞いたことがありますか。木は何も話しません。でも木が話すことができれば、どんな話をしてくれるでしょうか。被爆地ヒロシマで、木の語る「ことば」を聞きたいと計画した人たちがいます。
 1945年8月6日8時15分。世界最初の原子爆弾が広島に投下されました。おなじ頃、パレスチナの渇いた大地に、一粒のオリーブの実が落ちました。芽を出して成長し、平和な時には人々が木陰で休み、豊かな実ができました。ところが、オリーブの木のまわりではたえず紛争がおこりました。
 あれから65年。原爆のあと焼け野が原だった広島には、世界中から6000本の木が届けられ、緑豊かな森の平和都市となりました。ところが、パレスチナで育ったオリーブの木は、人間が起こした争いのため多くの木が倒されています。

  紛争の地パレスチナでは、オリーブを「命の木」と呼びます。イスラエルにとっても大切な木です。平和のシンボルです。人々はその木を大切にし、木と共に生きてきました。 オリーブは、そこで何が起こっているかを見てきました。その木が紛争によって倒されています。人と人を分けるために高さ8mの分離壁(写真右)建設するため。住むところの奪い合いから道路の建設をするため。人間の勝手な思いや争いによってオリーブが倒されているのです。
 オリーブの木は何も話しません。でも話すことができたら何を伝えたいでしょうか。平和都市になった広島に住む人たちが、紛争によって倒された「命の木・オリーブ」をヒロシマに運び、その木で木簡を並べた「パンの笛(パンフルート)」という楽器をつくる計画を立てました。パレスチナのルーテル教会にお願いし、倒されたオリーブを探してもらいました。届けられたオリーブの年齢は60歳位、イエスさまが過ごされたパレスチナ居住区ナザレ近郊の村で倒された木でした。パレスチナの人々の祈りによってヒロシマに届けられた時、木の中心には水分があり生きていました。そのオリーブの木が、「パンの笛(パンフルート)」となって再び命をあたえられ復活したのです。(写真左下)
 オリーブはパンの笛になって語り出しました。「『なぜ人は戦争をし、人殺しを繰り返すのだろう。』僕はパレスチナの風に吹かれながら思っていた。街は破壊され、僕の命は分離壁のため倒された。でも僕はヒロシマの街を知っている。原爆で破壊されたヒロシマは、平和都市として再建した。そして僕もヒロシマで再び命を与えられた。だからヒロシマの子どもたちに語りたい。紛争の中にいる子どもたちにとって、あなたたちは「希望」だと・・・。」
 紛争によって倒されたオリーブの木は、ヒロシマの風を受け語り始めました。
                Y.T.
(詳しくは「ほほ笑みと感謝の会」ホームページhttp://asmile.jp/で)

 

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