2009.11.30
翼はなくても......
いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ルカによる福音書2章14節
12月に入ると、今では日本の街でもクリスマス一色に飾り付けられてゆきます。クリスマスを彩るものには何があるでしょう? モミの木のクリスマスツリー、きらきらと光る星のオーナメント、色とりどりのローソク、そして......そう忘れてならないのは天使たちです。クリスマスはたくさんの天使たちが街を飾る季節でもあります。
いま私たちが街で目にする天使の多くは、白い服を着て翼があるか、あるいは裸の子どもに羽がついている、そんな姿をしています。そう、天使=翼なのです。だって、絵的にも、天使に翼がなければ、それは、ただの子どもや、ただの人ですから! それぐらい、いま私たちが目にする天使の姿と翼は切り離せません。
ところが......聖書に書かれたクリスマスの物語はどうでしょうか。実はそこに出てくる天使たちに、翼があったとはどこにも書いていないのです! それどころか、聖書の中に出てくる天使たちのほとんどは、翼のことなんかどこにも書かれていないのです。そう、聖書の中の天使たちは、ただの子どもや、ただの人の姿をしているのです。
聖書の物語に出てくる天使たちは、いつも突然現れて、そして役目が終わると突然去ってゆきます。天使にとって大事なこと、それは翼があるかどうか、見た目がかわいいかどうかなのでありません。そうではなく、役目あってこその天使なのです。突然に現れて、困っている誰かを助けたり、悩んでいる誰かに言葉をかけたり、悲しんでいる誰かを励ましたり、そしてまた突然に去っていく。それこそが天使なのです。つまり、役目を果たしている時しか天使は登場しないのです。
「天使」(エンジェル)のもとになった言葉は、もともとは広い意味で「使者」「使い」という意味を持っていました。それがやがて、特に「神の」使いを指すようになっていったのです。だから実は、神の使いとして働く者は、その役目をしている時、誰でもみな「天使」なのです! ただの子ども、ただの人だって、神さまの使いとして働く時、それはもう「天使」なのです!
だから、天使には本当は翼などいらないのです。誰かのことを思いやる時、誰かの力になろうとする時、私たちは誰でもみんな天使になれるのです。私たちが悲しい時、苦しい時に、声をかけ、助けてくれる人は、その瞬間、誰もがみんな天使なのです。
救い主が生まれたクリスマス、街を飾る天使を見る時、私たちの誰もが天使になれることを思い出すことができるのです。
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